ノーベル平和賞受賞者との邂逅

令和8年3月26日
とある美術館から、「外国人の団体に向けて円相のワークショップをしてほしい」という依頼を受けた。
円相とは、禅語の一つである。

ただ一筆で円を描く——それだけの行為だ。

海外ではあまり知られていないと思っていたため、この依頼が先方からのリクエストだと聞いたとき、少し驚いたのを覚えている。
さて、この少しマニアックな依頼をした人物について尋ねてみると

「なんか在米の人で、ノーベル平和賞を受賞した人らしいっすよ(意訳)」
とのことだった。

……いや、待て。

アメリカのノーベル平和賞受賞者といえば、真っ先に思い浮かぶのはオバマ元大統領だが、そんなはずはない。
依頼自体は年末に受けていたが、詳細が開示されたのは3週間前。
そこから急いで調べ日本語訳されている著書を一冊だけ見つけ、大急ぎで読み終えた。

依頼主は、マリア・レッサ氏。
フィリピンのジャーナリストであり、SNSの影響力と、その恣意的な利用の危険性を警告し続け、ドゥテルテ政権から敵視され、幾度も逮捕された人物である。

——なぜそのような人とのセッションが、自分なのか。

正直なところ疑問は残る。
だが、任を受けた以上、やることは一つだ。
目の前の場を、丁寧に引き受けるだけである。
円相は、数ある禅語の中でも、最もシンプルでありながら、最も複雑な概念を内包している。

その意味は大きく二つに分けられ一つは、『完全はテキストにできない』ということ。

完全とは、あらゆる要素を過不足なく含んだ状態であり、それを言葉にしようとすれば、途方もない情報量になる。
だからこそ、あえて言葉を捨て、角のない円として表現する。

もう一つは『万物は移り変わり、引き継がれる』ということ。

レッサ氏の著書を読んだとき、当日の法話はこのテーマで語ろうと、すぐに決めた。
どのような職種であれ、新しい試みや既存の枠を超える行動を取る者はたとえそれが多くの人にとって有益であったとしても、既存のプラットフォームから反発を受ける。
しかし、それは「その時代」における評価にすぎない。
たとえ当時反発され、否定されたものでも後の世で評価が反転する事例は歴史が証明している。

悩み、攻撃を受け、それでもなお自分で決めた道を進む人にとって『あなたの行いは、いずれ誰かに受け取られ、引き継がれていく』
という言葉が、わずかでも支えになれば——そう思い、この言葉を法話の締めとした。

その後の座談会の空気を見る限り、
少なくとも、間違いではなかったように思う。

「完全」は文字にできない

ここで、実際に行った法話メモを公開します。

まず完全とはなにか?
キリスト教の友人に聞くとそれは『神』だと答えられました。
では神とはどんなものなのか?

それは『なんでも出来るもの』

なんでも出来るものとはつまり『あらゆる要素を取り込んだもの』となりますが、これを目に見える形にするにはどうするか?

日本や中国などの漢字圏では概念的なものを詩であらわすことが多くありますが、円相は文字ですらありません。
あらゆるものを取り込んで角なく一筆の動きで完全を表す、これが円相の意味になります。

あらゆるものは継続している

次にこの丸の形を別の角度から見てみましょう。
円相は『始まりが無ければ終わりもない』というもう一つの概念があります。
つまり貴方の行為は誰かから引き継ぎ、誰かへと繋がれていくものという考え方です。

私たちは普段、
物事に「始まり」と「終わり」をつけて
安心しています。
仕事が終わる
一日が終わる
人生が終わる
でも円相には、スタート地点がありません。
どこから見ても途中です。

すこし例題を出してみましょう。

『ある人が家の玄関の掃除を日課としていました』。
『掃除に使ったゴミ袋は定時に集積所に捨てに行きます』。

個人の視点で見るならこれで終わります、では少しカメラを広角にしたらどうなるか?
ある人が家の玄関の掃除を日課としていました→使っていた箒はどこからきましたか?
掃除に使ったゴミ袋を集積所に捨てに行きました→その場所は誰が作ったんでしょう?

個人なら日常のルーティーン、始まりと終わりは明確です。
でもほんの少し視点をずらせばその点は途端に意味を持たなくなります。
さらにこの視点の拡大は人それぞれで、その日の体調でも変わってしまうでしょう。
ですが説明されると子供でも理解できることでもあります。

日本人にとっての「〇」は継続している

ところでこの『〇』についてですが、小学生時代を思い出してください。
テストの回答で正解と不正解はどうあらわされていましたか?

アメリカでは正解は「✓」不正解は「0」や「✕」だと聞きます。
ですが日本での正解は「〇」不正解に「✕」を使うこともありますが「✓」を使うことが一般的です。

日本人にとっての「継続」

インターネットの発展で現代社会ではそれまでとは比較にならない情報交換ができる社会になりました。
その中でも日本のアニメや漫画の人気は凄まじく、世界的なブームとなっています。
この日本の漫画やアニメとアメリカのコミックや映画を宗教的な面から比較してみましょう。

マーベルヒーローやワーナーブラザーズの作品等、多くのハリウッド映画はある種の『型』があります。
・主人公はなにか巨大な危機に対してのミッションを『与えられる』
・そのミッションの過程で様々な『試練』をこなす
・敵対する悪役(ヴィラン)は主人公より強大な力をもち、『支配的な行動』をする
・試練に打ち勝った主人公は戦いで得たものを自分以外のなにかに『還元』する

……思い当たるもの、あるんじゃないですか?

日本の作品の特徴

では日本の作品の特徴とはなんでしょうか?
最近大ヒットした『鬼滅の刃』から考察してみましょう。

主人公の竈門炭治郎は麓の町に炭を売りに行くため家を留守にした隙に家族を鬼に殺され、妹も鬼にされてしまいます。
妹を人間に戻すため、また家族の仇を討つために旅をするのですが、言ってしまえば旅の理由が殆ど『個人的な事情』なのです。

仮に妹を人間に戻す薬がすぐ手に入ってしまったら?
仇である鬼を誰か別の人が倒してしまったら?
物語はそこで終わってしまうし炭治郎本人もそれに不満を持ちません、結果的に『目的達成』しているわけですからね。

さらに言うなら悪役も『自分が安心して長生きしたいから』というごく個人的な理由で、別に世界を支配する(管理者的な視点をもつ)気など全くありません。
その敵に対して主人公は『祖先から受け継がれてきた技術』『舞踊などに形を変えつつも消して絶やさなかったもの』を駆使して戦い、勝利します。
この『人から人へ継承したもの』に日本人は強い共感を覚え、西洋圏の人からは新鮮に映るのかもしれません。

さいごに

円相は、こうした違いを説明するための道具ではありません。

ただ
私たちがどこから来て、
どこへ向かっているのかを
一瞬、丸くして見せるだけです。

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