2026年2月。暦の上では春とはいえ、上州の空っ風がまだ肌を刺すこの季節に、私は改めて安堵と、そしてそれ以上に重い責任を感じながら筆を執っています。
去る2025年11月8日、当山・宝林寺にて「木造韋駄天立像」の修復開眼法要が厳修されました。 三百有余年の時を経て、失われていた両腕と宝剣を取り戻し、極彩色の輝きと共に蘇ったその御姿 。それは単なる仏像の修復という枠を超え、江戸中期の徳川幕府が描いた壮大な精神史のミッシングリンクを繋ぐ、歴史的な瞬間の成就でもありました。

これは、宝林寺の歴史において単なる1ページを綴るだけではなく、大きな歴史の第一歩でもあります。歴史や伝統の「守護者」としてではなく、「継承者」として歴史を未来へ紡ぐ、私たちの長き旅路の「序章」の物語のはじまりです
欠落した歴史を埋める「規範」の正体
この韋駄天像が、なぜこれほどまでに重要なのか。その鍵は「出自」と「兄弟」にあります。
当山に安置されている黄檗宗彫像群は、もともと館林藩主であった五代将軍・徳川綱吉公が開創した幻の大寺院「萬徳山廣済寺(こうさいじ)」に由来します 。当時、関西には四代将軍・家綱公が開基となった黄檗宗大本山「萬福寺」が存在しました。 家綱と綱吉。異母兄弟である二人の将軍が、それぞれ「西の萬福寺」「東の廣済寺」として黄檗文化の粋を集めた寺院を建立したことは、徳川の威信をかけた巨大な宗教政策の一環であったと推測されます。
しかし、廣済寺はわずか15年で廃寺となり、その仏像群は宝林寺へと請来されました 。長い歳月の中で、韋駄天像は両腕や持物(じもつ)、台座を失い、その本来の造形美は損なわれていました 。

撮影:吉備文化財修復所
今回の修復は、失われた部位を想像で補うのではなく、確固たる「規範」に基づいて復元されています。その規範こそが、兄・家綱公ゆかりの大本山萬福寺に現存する「木造韋駄天像」でした 。 調査の結果、当山の像は萬福寺の像を範として造られたことが明らかとなりました 。令和の今、弟・綱吉ゆかりの像が、兄・家綱ゆかりの像をモデルに完全な姿を取り戻す。これは数百年越しの兄弟の邂逅であり、歴史の必然とも言える修復事業だったのです。
「静」と「動」が織りなす祈りの復元
熟練の仏師たちの手により、約2年の歳月をかけて行われた修復作業は、まさに現代と過去の対話でした。
内部構造や彩色層への科学的アプローチにより、造像当時の高度な技術が解き明かされました 。剥落していた彩色は、膠(にかわ)を用いた伝統的な技法で丁寧に剥落止めが施され 、失われた両腕や宝剣は、萬福寺での実地調査と緻密な試作を経て、往時の姿へと復元されました 。

撮影:吉備文化財修復所
この御姿をご覧ください。合掌した腕に宝杵を横たえる姿は、一見すると深い「静寂」に包まれています。しかし、その足元や衣のひだは風をはらんでなびき、俊足の護法神としての「動」の気配を強烈に放っています 。 この「静」と「動」の同居。そして、黄檗宗特有の異国情緒あふれる鮮やかな色彩 。これほど大きな黄檗様式の韋駄天像は国内でも稀有であり、江戸期の国際色豊かな文化交流を今に伝える、極めて貴重な存在です 。
「守る」だけでは、遺せない
文化財を扱う際、しばしば「守護」「保護」という言葉が使われます。しかし、私はこの言葉に微かな危うさを感じます。「守る」という行為は、ともすれば現状維持を目的とし、対象を博物館のガラスケースに閉じ込めてしまうことになりかねないからです。
私たちが目指すのは「守護者」ではなく「継承者」です。 350年前、人々の祈りを受け止めてきたこの像を、単に「形」として復元するだけでは不十分です。かつてそこに込められた精神性を、現代の文脈—例えば3年前に宝林寺に開業したTEMPLESTAY ZENSŌのような体験—を通じて再解釈し、生きた祈りの対象として次世代へ手渡すこと。火を絶やさぬよう、ただ囲って守るのではなく、新たな薪をくべ続けること。それこそが、現代に生きる僧侶としての私の、そして宝林寺の矜持です。
終わらぬ旅路、共創への招待
2025年11月の開眼法要は、一つの到達点であり、同時に新たな出発点に過ぎません。
韋駄天像の傍らには、まだ修復の時を待つ仲間たちがいます。 華光菩薩(かこうぼさつ)像、緊那羅王(きんならおう)菩薩像、達磨大師像、そして弥勒菩薩(布袋尊)像 。群馬県指定重要文化財を含む全八躯に及ぶこの彫像群すべてを修復するには、数十年という歳月と、そして何より皆様の想いが必要です。彼らは今も、静かにその時を待っています 。
この歴史的な大事業は、私たちだけで完遂できるものではありません。 そこで、この物語に皆様にも「共創者」として加わっていただきたく、特別な「切り絵御朱印」をご用意いたしました 。これは単なる授与品ではありません。あなたがこの歴史の継承に関与したことを示す、未来への通行手形です。
韋駄天が駆け抜けた三百年の時を、今度は私たちが共に未来へ繋ぐ番です。 皆様の温かいご支援が、歴史を照らす光となることを確信しております。
【修復事業へのご支援・授与品はこちら】
特別切り絵御朱印は、以下のサイトよりお求めいただけます。
皆様のお心が、次なる仏像の修復へと繋がります。
寶林寺 授与品サイト https://bestowal.horinji.or.jp/
韋駄天像修復プロジェクト詳細 https://horinji.or.jp/diboric/statue-of-buddha/idaten
黄檗宗眞福山寳林寺 https://horinji.or.jp/
TEMPLESTAY ZENSŌ https://zenso.horinji.or.jp/
群馬県邑楽郡千代田町新福寺705
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1991年群馬県生まれ。
黄檗宗宝林寺新堂・㈱GLOCALマネージャー・未来の住職塾NEXT1期生 大本山萬福寺専門道場にて修行。
㈱よりそうにて数百のお寺との関わりを持ち、お寺側、施主側のリアルな現場の声を聞き、「死」から始まる接点だけではなく、「生」、いまを生きる方々との接点を増やすためには、古来よりお寺が営んできた宿坊こそ鍵となるはず!と思い、㈱シェアウィング(お寺ステイ)に転身。
現在は、お寺だけでなく周辺地域も含め活性化を行うため、㈱GLOCALにて小規模不動産の商用化、ゲストハウスの開業・運用支援を行う。
また、ベンチャー企業での経験から、お寺こそCRM(顧客関係管理・構築)が必要だと思い、黄檗出身のエンジニアとともにSalesforceを活用したお寺向けCRMを開発中。







