奈良国立博物館の名品展が東京で初開催

現在、渋谷区立松濤美術館にて奈良国立博物館より仏教美術の名品を出品する『SHIBUYA で仏教美術―奈良国立博物館コレクションより』が開催されています。

奈良国立博物館はその立地からもわかる通り仏像・仏画・仏教書跡などの仏教に関する収蔵品が抜きんでており、『仏教美術の殿堂』と名高い、由緒のある博物館です。

しかし、明治28 年(1895 年)に帝国奈良博物館として開館以来、一度も東京で名品展を開催したことがありませんでした。

今回、127年の歴史上初めて東京の美術館にて奈良国立博物館が所蔵する中でも選りすぐりの名品83 件が展示されているということで、最先端の街、渋谷にある松濤美術館へ行ってきました!

『SHIBUYA で仏教美術』展は、第一部・第二部に分かれており、その中の章ごとのテーマに沿って展示品を紹介していくという展開になっています。
展示品は前・後期一部展示替となっていて、今回行ってきたのは後期展示です。

第一部「日本の仏教美術の流れ」

第一部第一章のテーマは「釈迦の美術」。仏教の開祖である釈迦の偉大さを描いています。

《首懸駄都種子曼荼羅厨子》鎌倉時代(13~14世紀)木製 黒漆塗 彩絵 金銅装 重要文化財  奈良国立博物館   画像提供:奈良国立博物館

「首懸駄都種子曼荼羅厨子」はその名の通り首にかけて携行するための薄い厨子ですが、大きさは30 センチ四方もあり、一見では携帯用とは思えない存在感があります。
観音開きの扉を開くと、取り外しできる鏡付きの板がはめ込んであり、中央に大日如来を表す梵字と仏舎利(仏舎利は釈迦の遺骨とされて古来より拝まれてきた)が配されています。

板の裏側には金剛界曼荼羅、厨子の奥板には胎蔵界曼荼羅、扉内側には不動明王と降三世明王が描かれていて、崇拝対象をありったけ詰め込んだドリームボックスのような、ロマンあふれる厨子です。

第2 章のテーマは「密教」。
この章では密教の特色でもある「曼荼羅」や修法に使われる法具などが展示されています。

五鈷鈴・五鈷杵・火舎(香炉)などの法具がありましたが、中でも印象深かったのが「三鈷杵」です。これはかつて文豪川端康成が所有し、文鎮として使用していたものだそうです。
宗教と文学人の不思議な縁に驚きました。
社会が不安定で人々の心が休まらない中流行したのが「念仏を唱えれば死後極楽浄土へ行ける」という浄土信仰です。

第3 章では仏に極楽往生を祈る心そのものを具現化したような作品を集めていました。


《地蔵菩薩立像》 鎌倉時代(13 世紀) 木造 彩色・截金 奈良国立博物館 画像提供:奈良国立博物館

仏画の「地蔵菩薩像」(重要文化財)、仏像の「地蔵菩薩立像 」も雲に乗っていますが、これは苦しむ人々を救うため雲に乗って仏が飛来したという「来迎形」の一種でもあります。

3 章の中で一番驚いたのが「髪繍」の作品です。

髪繍とは人間の頭髪を糸のように刺繍して、絵や文字を表現する技法で、宗教的意味合いが非常に強く、通常の美術展で見ることはなかなかありません。

《刺繡阿弥陀三尊来迎図》 南北朝~室町時代(14~15世紀)絹製 刺繡(一部に髪繍) 奈良国立博物館      画像提供:奈良国立博物館
《刺繡種子地蔵菩薩像》   南北朝~室町時代(14~15世紀) 絹製 刺繍(髪繍) 著色 奈良国立博物館    画像提供:奈良国立博物館

「刺繡阿弥陀三尊来迎図」では阿弥陀如来と脇侍観音菩薩の頭髪部と衣の一部が髪繍されています。
この髪繍という行為そのものが一種の仏教的祈願行為であり、苦しみに満ちた人間の生活から解き放たれ極楽往生を願う人々の心からの祈りが込められているのです。

「刺繡種子地蔵菩薩像」では暗闇に浮かぶ円相の中に地蔵菩薩の梵字が髪繍されています。人生という迷いの中、救済のために六道を行き来する地蔵菩薩が、闇夜を照らす満月のように人々の心の行き先を照らしてくれるのかもしれません。

第4 章は日本独自の文化である「神仏習合」。
絵画的技法として特に目を見張るのは「春日文殊曼荼羅」と「役行者像」です。

《役行者像》 室町時代(14 世紀)絹本著色 奈良国立博物館 画像提供:奈良国立博物館

金泥の線使いが見れば見るほど美しく、鎌倉や室町時代から褪せることなく輝き続けているのだと思うとため息が出てきます。

「役行者像」の着物の文様や布の流れるような柔らかい表現と岩山のごつごつした堅い表現の差異がアクセントとなってリアリティのある世界観が生
まれています。

第5 章「絵巻」の「泣不動縁起」は、とても細かい背景・物まで緻密に描かれていて、描き手のこだわりを感じます。
後ろ手に縄を打たれ、鬼によって地獄に連行された不動明王にびっくりしてひれ伏してしまう閻魔王には笑ってしまいました。
めちゃくちゃに焦ってる閻魔王と、なんだか困った顔をしている不動明王と、事態をあんまりよくわかってない鬼たちの対比が面白い!

人々にわかりやすく面白く仏教の教えを伝えようとしているのが伝わってきます。


《泣不動縁起》 室町時代(15 世紀) 紙本著色 奈良国立博物館 画像提供:奈良国立博物館

第二部「珠玉の名品たち─まほろばの国から」

第2 部では仏像、書跡、工芸の3 つの章に分け、作品を展示しています。
国内でも仏教美術の名品が揃っている奈良国立博物館ならではの企画です。

第2 部第1 章のテーマは「仏像」。

最初に展示してあるのは「薬師如来坐像」。
精悍というよりはふくよかな雰囲気のある薬師如来。
どことなく笑みを浮かべていて、ちょっと体の調子が悪くてもこのお顔を見ると何となく安心できるような気もしてきます。
衣文表現はざっくりと明快で、浮世絵の滝の流れのようにはっきりとしていますが、脚や蓮華座をしとやかに覆う薄い布地表現は作者の技量とセンスを
感じます。

《如意輪観音菩薩坐像》平安時代(9 ~ 10 世紀) 木造 古色(現状)重要文化財 奈良国立博物館 画像提供:奈良国立博物館

「如意輪観音菩薩坐像」は高さ94 センチという大きさに加え平安初期風のどっしりとした体躯がものすごい存在感です。着衣表現は(菩薩にしては)あっさりしていて、身体の肉感の印象に重きを置いて制作されたのではないでしょうか。

《毘沙門天立像》 鎌倉時代(13 世紀)木造 彩色・截金 奈良国立博物館 画像提供:奈良国立博物館

「毘沙門天立像」はとても均整の取れた体形の仏像。
体を支える強固な体幹とS 字にウェーブした全身が両立し、鍛えられた頑強な肉体の躍動感を生んでいます。
足元に踏まれた悪鬼、背後に燃え盛る炎、風に煽られる衣服などが毘沙門天の立つこの空間を確立しています。

表情は知的で、しかしすべてを射抜くような視線はとても強くて、ちょっと怖気づいてしまいそう。
腰布のあたりにわずかに残った截金による文様に高貴さが見えます。
力強く、優美さもある作品で、本展の仏像の中では個人的一番でした。


第2 章は書跡、第3 章は工芸がテーマ。

《鳳凰文戧金経箱》 中国・元時代(14 世紀) 木製 黒漆塗 沈金 重要文化財 奈良国立博物館 画像提供:奈良国立博物館

「鳳凰文戧金経箱」は戧金という技法で作られた経箱です。
表面に塗られた漆を彫ってその溝に金箔を埋め込んで文様を表すという方法ですが、蓋・それぞれの側面に孔雀・鸚鵡・鳳凰など様々な画が彫られており、とても手の込んだ作品です。

全体が黒漆塗りですが、箱の辺に沿って埋め込まれた螺鈿が光を反射して輝くさまが一層引き立てられています。
表面に施された花鳥文は非常に細かい仕事で、花脈や羽毛までも丁寧に表現されていて、妥協のない志が込められています。

「笈」は山伏の背負具ですが、第一印象は「大きいな!」というインパクトがあって、大人の男とはいえこれを背負って山岳地帯を歩き回っていたのかと思うと感嘆せざるを得ません。

意匠が細かく、背負具といえども「仏像を安置するための厨子である」という矜持を感じました。

東京初開催、奈良国立博物館コレクションの名品展

展覧会を通して感じたのが、それが美術品であっても工芸品であっても、執念ともいえるほどの無限の美意識と仏の世界への憧憬、そして果てしない信仰心でした。

絵画も彫刻も工芸も人間の限界を超えた「ゾーン」に入ることで未知の美を表現することができます。
そして人間のストッパーを外すことができるうちの一つが「信仰心」。

美術工芸品を作るときに魂を注ぎ込むことで、仏教に、浄土に、幾多の神仏に捧げる全身全霊の祈りが込められ、そしてその作品が多くの人の目に触れることでまた仏教の教えが広がってゆく。

これこそが宗教家の、美術家の本懐を遂げるにふさわしい道なのでしょう。

東京初開催、奈良国立博物館コレクションの名品展をお見逃しなく!


SHIBUYAで仏教美術(渋谷区立松濤美術館)開催情報

●展覧会名/ SHIBUYA で仏教美術―奈良国立博物館コレクションより
●会場/渋谷区立松濤美術館
●会期/(後期)~ 5 月29 日(日)
●開館時間/ 10:00 ~ 18:00(入館は午後5 時30 分まで)
※新型コロナウィルス感染症拡大防止の為、土・日曜日、祝休日及び5 月24 日(火)以降の最終週は「日時指定予約制」となっております。当館ホームページより日時指定予約をお願いします。お出かけの際は最新の情報をご確認下さい。
●休館日/毎週月曜日
●住所/〒150-0046 東京都渋谷区松濤2-14-14
●電話/ 03-3465-9421
●展覧会公式サイト/ https://shoto-museum.jp/exhibitions/195nara/

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