北米カンファレンスの準備と異文化での食縁

今から12年前、お坊さんとして初めて訪れたハワイオアフ島
先の大戦から兵士達が眠る山『パンチボール』の麓にあるお寺正法寺を訪ねるのはこれで5回目になります
何れも観光旅行で来たことは無く、殆どが仕事な訳ですが今回の旅は今後の転機になるような気がするので内心の整理と共に記録していきたいと思います。

羽田からの夜行便で二年ぶりに降り立ったハワイの空港はシーズンオフという事もありそこまで混んではいませんでした。
ESTA(電子渡航認証)で簡略化されているとはいえ、年々入国にかかる時間やセキュリティが厳しくなっている気がしてならない昨今、どうにか入管とのコミュニケーションを終えた私を最初に迎えてくれたのはジャケットが必要になった日本とは真逆の太陽
『あー…懐かしい』
等間隔に振られている柱の番号をメッセージで送り、迎えの車が来るまでの間聞こえてくる会話にネガティブな内容はなく、ただ楽しそうな声だけが流れるのでした

お寺に到着した私が最初にしたことは、お世話になった老師方への御焼香でした。
修行時代、とある記念式典が行われる節目の年で、お寺と本山をつなぐパイプ役として初めてハワイに訪れた私は今よりも更に英語が出来ず、当時を思い出すたびに『絶対役に立っていなかったよな…』と恥ずかしくなります。
食事も合わず(何せ修行中はずっと米)、早々に根を上げた私は老師に毎日の食事準備を自分から申し出ます
思えばこれが今の自分を作るきっかけの一つになりました。

三日間(私が担当するのは二日間だが)の北米カンファレンスは毎回アメリカ本土とハワイをスイッチするような形で行われ、様々なセッション(講義)が用意されています
参加人数も凄まじく、昼食担当の私が用意するのはなんと200人前!
これをほぼ直前に考案しなければいけないのでかなりカロリーを使う作業です
(事前にレシピは作るが大体変更される理由は後述)

ハワイには島ごとに曹洞宗のお寺がありますが総監部にあたる正法寺は二階建てで一階部分が多目的ホールとなっています。
ここで私の最初の仕事である食材選別が行われました。
お寺のメンバーさんに自前で畑を持っている人がいらっしゃるのですが当然日本で見かけるようなものはなく、初めて目にするものが殆どです。

ではどうするか、私は一番原始的な方法を取ります。
『その場で齧る』
以上。

例えばxian caiという名前の野菜があります。
これは日本語だとほうれん草に近い種なのですが、常夏のハワイでは生育速度が速く、茎がまるで木のように固くなります
だが品種として近いのなら日本のレシピで応用することが可能です
これはスーパーに行ったとしても同様なので『うちの野菜を使ってほしい』と依頼をされたら最初にしておかないと買い出しに行けないのですね。

その為私が海外で大規模料理の仕事を受ける際は
1 『ほうれん草の和え物』のように『材料』の『調理法』の内調理法の部分を先に考える
2 材料の部分は種(ほうれん草)ではなく科(ヒユ科)で決める

この二つをざっくり(スマホで調べる等)意識しておくとスムーズにレシピを再構築できます。
オアフ島にはアメリカでも最大規模のコストコがあり、毎日巨大なカートの行列が見れます。
丸ごと冷蔵庫のエリアもあって足りない食材や調味料などはここで購入、カンファレンスでは朝食も用意されるので昼食の用意は前日中に仕込めるだけ仕込みます

夕食はお寺ではなく各々ホテルやレストランで取る為昼食の片づけと翌日の仕込みを終わらせたら割と手が空きます。
なので空いた時間は見学するのですが法要やカンファレンスの手伝いもします。
(ちなみにこの時点で到着2日目なのでちょいちょい昼寝もする)

太鼓の指導と異文化の反応

ポリネシアンの文化があるハワイでは打楽器はかなりポピュラーなんですが基本直立から下に叩くので日本のように正座から正面に叩くスタイルは珍しいかもしれません

ハワイに努めている国際布教師は總持寺出身の僧侶が多い為午後から開講した祈祷太鼓と大般若のスタディでは總持寺の打ち方の色が強く出ていました

参加者の目は皆真剣そのもので、一番簡単な片手打ちや両手で節をつけながら打つ方法などいくつかお伝えすることが出来ましたが太鼓の適正はドラムの経験があるかないかで露骨に出ます

幼いころからポリネシアンの文化が身近にあるハワイ出身の僧侶たちは『どう叩けば音が響くか』を自然と理解しているので日本の僧侶よりも遥かに呑み込みが早いです。

同時に多様な文化が混ざるアメリカ本土の僧侶たちも覚えるのが早く、難しい技術論よりも『自分はここで節をつけてここに合わせて盛り上げていく』といったようにイメージで伝える方が解りやすいようでした

(ただしハワイには仏具の修復などが行える業者が存在しないため一回壊れると直せないから強い負荷がかかる打楽器は結構ヒヤヒヤである)カンファレンス中は仏教と直接関係ない講義もあります

「麹」の講義と自家製味噌への挑戦

その中で興味を持ったのが「麹について」の講義でした
『発酵』はワインを始め世界中で遥か昔から存在するカルチャーですが、こと「米」と「大豆」にここまで信仰にも似た執着を持つのは日本だけではないでしょうか
味噌、醤油、だけではなく酒も漬物も納豆や豆腐などの加工品・・・当然主食も米の為日本人から米と大豆を取り上げると食文化の殆どが破綻します。
講義のテーマである塩こうじは新しく認知された調味料なのですが、この名付け親が今回の講師でした

講義の中では発酵調味料の由来や作り方等、日本人でも知らない人は多い内容だったため、欧米ではかなり衝撃的だったのではないでしょうか。

私が印象に残ったのは味噌の作り方の比率と歴史でした。
『手前みそ』という言葉がありますが、これは元々味噌や醤油が自家製の時代に生まれた概念で『自分の家で作られた物でのもてなし』でした。
日本以上に機械化が進むアメリカでは自家製の調味料を使っての料理は珍しく、感動を与えるものではないでしょうか

私自身精進料理の講師をしておりますが、味噌は作ったことはありません。
帰国したら是非挑戦しようと思った出来事でした。

関連記事【折兄さんの食縁日記】

法話&コラム
【折兄さんの食縁日記】第7回 ~Los Angeles出張~
法話&コラム
【折兄さんの食縁日記】第6回 ~ハワイの折兄さん・後編~
法話&コラム
【折兄さんの食縁日記】第6回 ~ハワイの折兄さん・前編~
法話&コラム
【折兄さんの食縁日記】第5回 (2) 3人目の日本人と2つのワイナリー ~番外編~
法話&コラム
【折兄さんの食縁日記】第5回(1) 禅の僧侶は長靴の国で卵焼きを焼く~番外編~
法話&コラム
【折兄さんの食縁日記】第4回 お寺でおもてなし~箱根~

関連記事【法話&コラム】

法話&コラム
お葬儀の導師デビュー戦|雫有希の「人生 泥中白蓮華」 第3回
法話&コラム
隠された十字架、守られた信仰――マリア観音像の物語
法話&コラム
「逆転しない正義」と「供養と布施」|お坊さんによる「朝ドラ あんぱん」法話
法話&コラム
お墓参りだけじゃない! 「お彼岸」は心を磨くいい機会
法話&コラム
「怠ることなく努め、励む」キン肉マン法話#5
法話&コラム
圧強めの喪主から院号法名の依頼が