洞穴寺社(後編)

前回の洞穴寺社(前編)では、「喜多見不動」「穴澤天神社」「江島神社龍宮&江の島岩屋」の3つをご紹介しました。
後編では、東京都内の洞穴がある神社仏閣3つをご紹介します。

 神社仏閣の中の意外な「穴場」 !? 洞穴寺社特集(前篇) 

神社仏閣といえば、規模の大小はあるものの、ひらけた境内に鎮守の森のる木々が茂り、開放感があって明るい場所、というイメージが一般的だと思います。しかし、今回はそんなイメージの正反対の場所がある神社仏閣のお話。



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花園稲荷神社

洞穴寺社特集後編最初のスポットは、東京都台東区の上野恩賜公園内にある「花園稲荷神社」です。古い歴史があり、かつては「忍岡稲荷」と呼ばれていました。(忍岡(または忍ヶ岡)とは、この辺りが上野と呼ばれる前の地名)
参道は稲荷神社らしい真っ赤な鳥居が何本も連なっていて、日本的な情緒を感じさせます。上野という土地柄もあり、この神社周辺では外国人観光客が多いのも特徴です。

参道の階段を降りると花園稲荷神社の社殿に到着です。この社殿自体はごく普通の造りになっています。ではどこに洞穴が?というと、参道階段の横側、社殿を背にして左側手水場のすぐ先に、今回の目的である洞穴がありました。

ここは花園稲荷神社の中の「穴稲荷」と呼ばれています。穴稲荷の入り口は赤い鉄柵があり、参拝者なら誰でも入ることは出来ますが、入り口の注意書きにもある通り、ここはれっきとした神域です。気を静め、厳かな気持ちで入っていきます。(ちなみに穴稲荷の内部は撮影禁止です)
鉄柵を開け中に入り、進んでから突き当りを左に曲がると、曲がった先の正面には岩の上に設置されたやや大きめの社(やしろ)があり、賽銭箱や大きめの燭台が置いてあります。そして右側の壁には数十センチほどの円形の穴が開けられており、その前に設置された壇上にも小さな燭台と、円形の穴を守るように小さめサイズの狛狐が鎮座しています。

洞穴の中に拝所が2つ?どちらに拝めばいいの?と迷ってしまう人もいるかもしれません。実は、いわゆる「穴稲荷」様とは、右の円窓のことを指しています。ここにはかつてここらに住んでいた数々のお稲荷様が祀られていると言われています。では社の方は?というと、こちらは「弥左衛門狐」を祀った社なのです。
1625年(寛永2年)、天海僧正が忍ヶ岡(現在の上野)に寛永寺を創建したとき、そこに住んでいた狐たちが住処を追われることになりました。そこで、狐たちのボスである「弥左衛門狐」が天海僧正に訴え出たのです。哀れんだ天海が大きな横穴を掘り、そこを狐たちの住処としたという伝承があるのです。その所以から弥左衛門狐が祀られることとなりました。円窓の方も狐たちを祀る拝所として管理されています。円窓には柵がはめられており、中は暗くて見えませんが、この中に狐たちが祀られている、と思うと神秘的な気持ちになりました。
ちなみに、この円窓のちょうど上に当たる地上にはまた別の社があり、厳密に言えば「祀られている」のはそちらの社の方であるとも言えます。

ただ地上の方の社は立ち入りできない場所にあり、直接参拝することは出来ないので、もしかしたら人間達が円窓に向かって手を合わせているときに狐たちが下の窓まで来て円窓の向こうから人間達を見ているのかも、なんて考えるのも面白いかもしれませんね。
なお天海が創建したという稲荷社は上野戦争の折に破壊され、現在の本殿は全て明治以降に建築されたものです。
穴稲荷の洞穴内で祭壇に奉納するための蝋燭は花園稲荷神社拝殿すぐ横の授与所で授与されているので、そこで入手してからお供えしてきました。目を閉じて手を合わせると、円窓の向こうから狐たちの足音が聞こえてくるような気がしました。

江島杉山神社

お次は、東京都墨田区にある「江島杉山神社」です。

こちらはその名の通り、前編にてご紹介した江島神社の弁財天の御分霊を勧請し、お祀りしている神社です。そして「杉山神社」の名は、江戸時代に実在した「杉山和一」という人物が由来となっています。近代日本鍼灸の偉人であり、視覚障害者教育のパイオニア友いわれる杉山和一は、若い頃、鍼の技能に伸び悩んだ際、江島弁財天の岩屋にこもり断食による願掛けをして満願の月に、日本の鍼灸史における「管鍼術」の着想を得ます。生涯弁財天を信仰し続けた杉山のために、五代将軍徳川綱吉が江島弁財天を江戸の「本所一ツ目」という町に勧請する許可を出し創建されたのがこの神社なのです。そこから当社は「一ツ目弁財天」と呼ばれて地域の人から親しまれ、また鍼灸・按摩の職人からも崇敬を集めてきました。
明治23年には境内社であり、杉山和一の霊格を祀る「杉山神社」が創建され、その後震災・戦災によって社殿は焼失してしまいますが、昭和27年に合祀され「江島杉山神社」として新たに悲願の再建を成し遂げたのです。
現在の江島杉山神社の境内には杉山和一記念館があり、鍼灸師やそれを志す学生らが足を運んでいます。
江島杉山神社の御祭神は弁財天(市寸島比売命)と杉山和一総検校(※検校(けんぎょう)とは杉山が就いていた役職で、盲官(盲人の役職)の最高位)。鍼灸按摩学術上達の御利益を願える神社といえばここが日本一と言っても過言ではないとも言えます。

弁財天を祀っているということで境内には池があり、銭洗い場もありました。

池の奥にある洞穴は江島岩屋を模したものです。

岩屋の中は人工的な石造りになっていて照明も引かれています。入り口から見た正面突き当りには杉山和一像、右側には宗像三女神像(江島杉山神社に祀られている市杵島比売命は宗像三女神の一柱です)、左側には人頭蛇尾の姿をした宇賀神像(弁財天と深い関わりがあり同一視されることが多い)が祀られています。

岩屋の入り口には昭和39年当時の宮司さんによって記されたという「岩屋重修(修復)記」がかけられていて、当社にとってもこの岩屋がとても重要なものだったということがわかります。

そして、宗像三女神と宇賀神像の前の壇を見ると、なにやら白くてうねっとした小さい置物が並んでいます。実はこれ、参拝に来た人が奉納した白蛇の置物なんです。

この置物は授与所にて授与して頂くことが出来ますので(200円)、そちらで入手してから岩屋へと向かい奉納する方が沢山いらっしゃるようです。

歴史に名を残した偉大な人物と、深く長く地域の人々に親しまれてきた神様への敬愛が感じられる神社でした。



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松連社 弁天洞

さて、洞穴神社特集最後の場所は、東京都港区の「松連社」です。最寄り駅は御成門駅、東京タワーのすぐ側にある浄土宗の寺院です。ただ、初めて行く人が見つけるのはかなり難易度が高い場所です。なぜなら、松連社の本堂は空襲によって焼失し、現在は木造の日本家屋が建っているからです。こちらはパッと見ただけではとても寺院には見えません。また隣には別の寺院があるため、最初はこちらが松連社なのかと勘違いする人もいるでしょう。

しかし洞穴があるのは一見、お寺に見えない方の「松連社」です。敷地入り口の表札には、よく見ると「松連社」と書いてあるので要チェックです。
ここで最も大切な情報をお知らせします。松連社の参拝日は、毎月「1日」と「17日」の2日間のみです。その他の日は入ることは出来ないので、必ず1日もしくは17日に行きましょう。
門から敷地の中に入ると、正面の家屋の前に「弁財天入口」と書かれた看板があるのでその矢印の方向に向かって奥に進みます。

人の家の敷地に入って裏手へ入っていくという何ともデンジャラスな気持ちで、ちょっと緊張しながら歩いていくと…ありました!

ここが、松連社の「弁天洞」です。

江戸時代から存在していたと伝えられているこの洞穴の中に半肉彫の弁財天像が祀られているそうです。なぜ弁財天が祀られているのかというと、この松連社は三代将軍徳川家光の長女、千代姫の位牌殿として建立されたものなのです。千代姫は生涯を通して弁財天を信仰し、徳川家の繁栄を祈り続けたそうです。そんな千代姫の菩提を弔うため、徳川家菩提寺である増上寺の境内に松連社は建立されました。しかし、その松連社の本堂は戦災によって残念ながら焼失してしまいました。(なお、焼失前の松連社位牌殿は港区の歴史を纏めた港区公式サイトで見ることができます→https://adeac.jp/minato-city/text-list/d110021/ht002250

弁天洞の入口周辺だけ見れば、とてもここが港区のど真ん中だと思えないような場所です。洞穴の入口高さは約1.5m程でしょうか。

設置されている腰掛にはお寺の方が用意してくださった懐中電灯が置いておりましたので、ありがたくお借りして中に入っていきます。
入ってすぐのところに、石造りの半肉彫地蔵菩薩立像が安置してあります。日の光が入るのはこのあたりまで。そこから先の空間は、まさに一片の光も届かない闇の世界です。

歩みを進めるにつれ、外では当たり前に聞こえていた車の走行音も薄れていき、気温も僅かではありますがひんやりとしてきます。大人はかがまないと頭がぶつかりそうな高さで、幅も一人が歩けるだけしかなく、正直なところ閉所恐怖症にとっては本能的に怖いと思ってしまいました。

洞内の壁には定間隔で蝋燭立が取り付けてありました。真下には落ちた蝋の跡もあったので、かつてはここに灯りが灯されることもあったのでしょうか。

歩いていると、左側に2ヶ所分かれ道への岐路がありました。一つはコンクリートで塞がれていて、もう一つは通行止めにはなっていますが先は続いているようです。この側道は太平洋戦争当時にこの弁天洞が防空壕として使われていた時に抜け道として掘られたものだそうです。

中電灯を向けると、光の先は暗闇に吸い込まれていって、何だかそれを見ただけで体感温度が下がったような気がしました。

そのまま真っすぐ歩いていくと、突き当りにやっと!石祠が見えました!

くり抜かれた壁の中に安置されているのが、松連社の「八方八陣勝利弁財天」像です。

四角く切り出された石に前半身が浮き彫りされており、八臂弁財天なので八本の手にはそれぞれ武器を持っています。顔立ちは面長でかすかな笑みを浮かべていて、どこか人間ぽい生々しさを持ち合わせているような印象を受けました。神前には瑞々しいお花と果物が供えられていました。

弁天洞や弁財天像については確実な詳細情報は残っていないそうですが、この弁財天像の顔立ちや雰囲気や造形、松連社の縁起などから考えると、もしかしたらこの像は千代姫をイメージしているのではないかと思いました。生涯弁財天を信仰し、徳川の繁栄と国家安寧を祈り続けた千代姫は、人間としての生を全うした後も弁財天と一体となり、今もなおこの国の平和を祈念し続けている…そんな空想がふと頭に浮かんでしまったのは、都会の中の洞穴という小さな異世界に足を踏み入れたからかもしれません。

弁天洞は全長約20mほどということですが、暗闇の中にいたせいかもっと長く感じました。なかなか得難い、とっても貴重な体験でした。

最後に注意点ですが、松連社の敷地内には人が住んでいる一般家屋もありますので、ご迷惑の無いよう静かな参拝を心がけましょう。



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最後に

前後編に渡ってお届けした洞穴寺社特集、いかがでしたでしょうか。

東京・神奈川という狭い範囲でしたが、有名どころからあまり知られていない場所まで6つのスポットをご紹介させていただきました。

光溢れる現実世界からほんの数歩進んだだけで、一気に神仏の雰囲気漂う異世界に入ってしまったような不思議な感覚、あなたも体験してみませんか?

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