現在、根津美術館で企画展「仏具の世界-信仰と美のかたち-」が開催されています。
仏具の装飾を通して「信仰と美」を問う企画展です。

今回はこの根津美術館で開催されている企画展に行ってきましたので、ここより的視点で紹介していきます!

荘厳された仏具

最初のテーマは「仏を荘厳する」。
仏教を多くの人に伝えるため、菩提心(仏を信じる心)を起こさせるように仏塔やのぼりなどを装飾し、美術的価値を加えられた作品を紹介しています。

「百万塔」(日本・奈良時代8世紀)は称徳天皇によって発願された100万基のうちの3基が展示されています。ろくろ引きで作られていて、蓋を取った本体の中には「無垢浄光経(陀羅尼)」が納められており、これは世界最古の印刷物のひとつだそうです。
印刷されている経文は奈良時代のものとは思えないほど鮮明なプリントで、おまけに書体がなんだか可愛らしい!塔も左右対称の秀逸な出来栄えで、天皇発願の仕事は伊達じゃないと思わざるを得ません。

「赤地格子連珠花文錦(蜀江錦)」(中国・隋~唐時代7世紀)は法隆寺に伝わった錦の一種で、幡と呼ばれる仏堂荘厳具の一部であったと考えられています。
規則正しい格子柄の中に唐草文様などの有機的モチーフが織られています。
刺繍作品は丹念に刺繍で埋められていて、仕事の丁寧さが見て取れます。
どれも鮮やかな赤地が目に眩しくて、当時はこれが掲げられているだけでさぞかし目立っていただろうと想像しました。

「舎利塔」(日本・江戸時代17-18世紀)は江戸時代に制作された仏舎利塔。
時代としては比較的新しいこともあってか、彫金細工を極めたような、非常に細かい細工が見どころです。実際の仏塔をそのまま小さくしたような作りで、全ての面に異なる文様が彫られています。
江戸時代は戦がなかったせいか、極限まで職人のこだわりが発揮されたような作品が生まれることがあります。
本展では中にあった舎利リが隣に並べて展示されているのが仏教好きとして嬉しいポイントです。

「神護寺経経帙」(日本・平安時代12世紀)は複数の経巻を外側に巻いて一つにまとめるための道具のこと。黒い竹ひごを並べ糸で編んで周辺を錦で縁取って長方形に整えています。
平安時代のものですが糸も竹も欠損がなく、錦も変わらず鮮やかです。
紐を止める部分についている蝶の形の金具がとてもおしゃれです。
使われている糸のオレンジとグリーンのバランスも良く、仏の教えである経巻を荘厳することに対する真摯な気持ちが伝わってきます。

神護寺経 経帙(日本・平安時代 12世紀、根津美術館蔵)

「当麻曼荼羅」(日本・室町時代15世紀)は、奈良の当麻寺にあった当麻曼荼羅の転写画です。
ただし実際には密教の曼荼羅とは無関係で、より正確には浄土変相図(浄土の様子を絵画として描いたもの)というそうです。
室町制作ですが今でも絵は鮮明で、2メートル四方あまりという大きさの中に仏たちと浄土の風景が描き込まれていて、無限に広がる浄土世界の永遠さを表現しているのでしょう。人々の浄土への強い憧れが詰まった絵です。

「彩絵華籠」(日本・鎌倉時代14世紀)は木型に紙を10枚ほど貼り合わせて形を作ったあと、黒漆を塗って仕上げた器です。
碧・朱・金の調和が美しく、散華を盛るための器なので意匠として穴が空いていたりするのも面白くて、入れ物として使ってみたいと思わせる魅力があります。

彩絵華籠(日本・鎌倉時代 14世紀、根津美術館蔵)

第1室の後半では、法具を中心に仏道世界で用いられた仏具の展示が続きます。

「愛染明王像(重要文化財)」(日本・鎌倉時代13世紀)は、闇に立ち昇る火柱のように、真っ赤に浮かび上がった忿怒相の愛染明王が描かれた絵画です。
座している蓮華座の花弁装飾すら、まるで燃え上がる炎のよう。
愛染明王は人間の愛欲を浄化する仏様として信仰されていますが、人間が持て余す”愛欲”を視覚化すると、人の身を焼尽する烈火にたとえられるのだろうかと思いました。火焔光背が黒背景に溶け込み、空間の奥行きを感じます。

密教の法具ということで、弘法大師請来の「五鈷鈴」(日本・平安時代12世紀)や「弘法大師像(重要文化財)」(日本・鎌倉時代13-14世紀)の画も展示。
姿絵は広く知られている大師像ですが、古例は少なく貴重な作品だそうです。
それだけではなく、なんと空海筆の断簡(書籍の一部分)「崔子玉座右銘断簡(重要文化財)」(日本・平安時代9世紀。以上3点は大師会蔵)も展示されていました。
“空海筆”とあるとテンションが一気に上がります。豪快な筆さばきの中に空海の自由な魂がうかがえるようです。

五鈷鈴・五鈷杵/金剛盤(いずれも日本・鎌倉時代 13~14世紀、根津美術館蔵/個人蔵 )

仏教と女性

第2室のテーマは「仏教美術と女性の信仰」。

「普賢十羅刹女像(重要文化財)」(日本・平安時代11世紀)、「当麻曼荼羅縁起絵巻模本」(冷泉為恭筆日本・江戸時代19世紀)に共通しているのが「女人成仏」というテーマです。
平安時代後期あたりから、女性たちの間に法華経信仰が高まりました。それは、法華経が女人往生を説いていたからです。
そういった流れの中で度々普賢菩薩像が描かれることがありました。
普賢菩薩は法華経信者のもとに現れ、その者を守護すると信じられていたからです。
そしてまた「当麻曼荼羅縁起絵巻模本」という、極楽往生を願い、それを果たした中将姫の物語を読むことが、女性信者の心の支えになっていたのかもしれません。

女人は成仏するのか?
極楽往生できるのか?
浄土に行けるのか?
様々な考えがある今よりももっと真剣で切羽詰まった女性達の願いが、絵の中に、悲痛なほど存在しています。

次に続くのがいわゆる「繍仏」作品。刺繍で阿弥陀三尊図を制作しています。
「刺繡阿弥陀三尊来迎図」(日本・鎌倉~南北朝時代13-14世紀)の三尊の神と衣の一部は糸ではなく人髪が使われており、今でもその黒さが生々しく、鮮明な存在感があります。
「刺繡種子阿弥陀三尊図」(日本・鎌倉~南北朝時代13-14世紀)は三尊を仏の姿ではなく種子(梵字)で表現しています。
背景のターコイズブルーがとても綺麗です。
どの作品の刺繍も、一針一針を仏に祈り、念仏を唱えながら刺繍していたのでしょうか。人の想いがこもった、ぞっとするほど心に残る作品です。

「仏具の世界-信仰と美のかたち-」を見て

この展覧会の最初のテーマとして記されているのが「仏を荘厳する」という言葉ですが、その言葉こそがはるか古から「宗教」と「美」が切り離せないものだったということを示しているのです。
荘厳とは、仏像や仏具などを美しく厳かに装飾すること。
仏教の徒はただ自分が祈るだけでなく、仏の教えをより多くの人に伝えるために、美術工芸の髄を極めた技術を使い、より美しく仏像仏具を作り上げてきました。
それが美しく、人の目を引けば引くほど、仏の崇高さと教えをよりダイレクトに伝えることが出来るからです。

たとえ仏を知らなくても子供でも学がなくても、人は美しいものに魅力を感じ心を動かされるものです。
どれだけ長い説教よりも、一瞬で人の心を掴む、それが「美」の強さであり、すなわち人知を超えた力であるという点では、神仏の徳と同じく、人には抗うことのできない崇高なものなのです。
美を追求することそのものが神仏に対する祈りであり、救済でもあるのです。
長い歴史の中で神仏に祈り、美を追い求めた人々の心を見出すことが出来る、そんな展覧会でした。
(文中、所蔵館の表記がない作品は、すべて根津美術館蔵品です。)

開催情報

●展覧会名/企画展「仏具の世界-信仰と美のかたち-」(オンライン予約制)
●会場/根津美術館
●会期/2023年2月18日[土]~3月31日[金]
●開館時間/午前10時~午後5時(入館は閉館30分前まで)
●休館日/月曜日
●住所/〒107‐0062東京都港区南青山6‐5‐1
●電話/03-3400-2536(代表)
●展覧会公式サイト/https://www.nezu-muse.or.jp/

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