「お寺」にある仏像を思い浮かべるとき、自然と「古く」て、「歴史のある」仏像を思い浮かべる方がほとんどなのではないでしょうか?
しかし、なんと新たに彫り上げられた尊像を寺に納め、その開眼式までも見られるという非常に稀な機会を頂きましたので、通常はなかなか見ることのできないその一連をレビューしていきます!
目黒の五百羅漢寺について
今回伺ったのは、東京都目黒区にある「五百羅漢寺」です。
このお寺が有名な理由は・・・
その名を見れば一目瞭然ですね。
五百羅漢寺には、(現存)305体の羅漢像がずらりと安置されているのです。
「羅漢」とは、「最高のさとりに達した聖者」の意味ですが、五百羅漢寺の羅漢像が制作されたのは元禄時代、松雲元慶禅師が、お釈迦様が入滅されたときに周りにいたお釈迦様の弟子たちをモデルに制作したと伝えられています。
(ちなみに、当時は5百体以上の像が制作され、それが「五百羅漢寺」の由来にもなりました。)
今では広く「目黒のらかんさん」として親しまれており、羅漢像は東京都重要文化財にも指定されています。
五百羅漢寺の麒麟像
五百羅漢寺には御本尊である釈迦如来像や羅漢像の他にも多様な尊像が安置されています。
そのうちの一つに「白澤像」があります。
白澤は、人の夢を食べると言われる幻獣「獏」の王で、人間の言葉を理解し万物の知識に精通し、その姿は魔を除けるとして厄除けのために描かれることもあるそうです。
五百羅漢寺には古くからこの白澤像が存在していました。
しかし、制作当時からしばらくは、この白澤像の対となる「麒麟像」が存在していたという記録が残っているのです。
麒麟とは、獣の王である幻獣で、中国神話上では身体は鹿、顔は龍、牛の尾と馬の蹄を持つと言われている存在です。
元々の麒麟像がいつ頃まで五百羅漢寺にあったのか、いつ頃失われてしまったのかなどの詳細は未だ不明です。
その麒麟像が、新しい姿になって五百羅漢寺にやってきたという歴史的瞬間を目の当たりにしたのが4月8日、灌仏会のその日のことでした。
仏師・加藤巍山(かとう ぎざん)師と麒麟像
今回五百羅漢寺にやってきた麒麟像を制作した加藤巍山師は、1968年、東京生まれ。
仏師として古来からの仏像制作をするとともに、日本の古典や神話を題材にしたオリジナルな作品を作り続けています。
その巍山師が麒麟像を制作するに至る物語は、なんとも不思議と言える出来事から始まりました。
令和2年2月2日、巍山師は一本の連絡を受け取ります。
それは以前から懇意にしている修復家の長井武志氏からでした。
長井武志氏が言うことには、「夢を見た」。
夢の中で目の前に麒麟が現れ、次の瞬間に巍山師のことが頭に浮かびました。
その時長井武志氏は、「これは麒麟からの天啓である。何としても巍山師に伝えなければ」と思いすぐさま連絡を取ったのです。
その話を聞いたとき、巍山師はなんの違和感もなく当たり前のようにその話を受け取りました。
奇しくもその翌日の2月3日、五百羅漢寺で行われる節分会に参加することが決まっており、そのときに直接五百羅漢寺の方に話したところ、トントン拍子に話が進み、あっという間に五百羅漢寺の麒麟像制作が決定しました。
長井氏が夢の中で麒麟に会い、刹那巍山師が頭の中をよぎり、すぐさま連絡を取った。
話を聞いた巍山師は啓示の如くそれを受け入れ、そしてたまたまその翌日には「かつて麒麟像が存在し、現在は失われ空白になっている」目黒の五百羅漢寺に行く事になっていた。
これはまさに宿命と言わざるをえないのではないでしょうか。
人間の思惑を超えて、麒麟の幻影を通してとてつもなく大きな力が人々を運命の輪の中に巻き込み、止められない潮流を生み出したその先に、新たなる麒麟像が誕生したのです。
誕生した羅漢像の開眼法要
麒麟像奉納式が始まったのは11時。
五百羅漢寺の関係者や制作者の加藤巍山師、そしてクラウドファンディングに参加した方々が見守る中始まりました。
奉納式には、アニメを通じて五百羅漢寺に縁がある声優の小野大輔さん・近藤孝行さんや、仏像大好き芸人のみほとけさんの姿もありました。
五百羅漢寺の住職が行った開眼式は、通常では僧侶やお寺の関係者以外は見ることができない秘式で、開眼の詳しい内容は伏せますが、非常に貴重な体験でした。
外から見ると全くわかりませんが、麒麟像は体内が空洞になっていて中に何かを収納できるような作りになっています。
麒麟像制作クラウドファンディングのリターンでは「木札に名前を入れて麒麟像の中に納める」というものがあり、奉納式では参加者の名前が書かれた木札が麒麟像の中にしっかりと納められる様子も見られました。
木札と共に入れられたのは「祝聖文」の書かれた札。
祝聖文とは浄土三部経の一つ「無量寿経」の中にある偈文です。
「天下和順(てんげわじゅん) 日月清明(にちがっしょうみょう)
風雨以時(ふうういじ) 災厲不起(さいれいふき)
国豊民安(こくぶみんなん) 兵戈無用(ひょうがむゆう)
崇徳興仁(しゅうとくこうにん) 務修礼譲(むしゅらいじょう)」
この偈文には、世の中が平和で人々が平和であるようにとの願いが込められています。
麒麟は古来から神獣として見做されている存在で、世に麒麟が姿を現すのは吉祥の前兆であり、太平の世と安寧の日々をもたらすとされてきました。
疫病や戦争など、社会が乱れている今、新たに誕生した麒麟像が、五百羅漢寺から幸福と安定を世界に広げ、人々に心の安らぎを与えてくれることを願ってやみません。
きっとそうなるだろうと思えるような、素晴らしい麒麟像でした。
写真展「五百羅漢修復 祈りの継承」
江戸時代に制作された五百羅漢像は、様々な災害・戦災・そして年月の積み重ねをくぐり抜け、現存305体の羅漢像が今も安置され、人々の崇敬を受けています。
その羅漢像をよりよい状態で後世に残すために、修復家・長井武志氏の手によって修復がなされています。
その記録を多くの人々に伝えるため、五百羅漢寺の協力のもと、写真家・千代田路子氏が写した写真と映像を一堂に会したのが写真展「五百羅漢修復 祈りの継承」です。
長井武志氏のインタビュー映像もあり、文化財継承の重要性を知るまたとない機会です。
※入場には拝観料が必要です。
●期間/4月8日(金)~7月31日(日)
●時間/9:00~17:00(拝観受付16:30まで)
●場所/天恩寺五百羅漢寺
●電話/03-3792-6751
●Webサイト/https://www.ideaworksp.com/
関連記事【編集部から】
国内初!お墓のテーマパークがオープン「現代墓所墓石テーマパーク」
いま、お寺が「樹木葬」を導入する意義とは? (株)アンカレッジに聞いてきました!
第2回「宗教メディアサミット」のダイジェスト動画が配信開始!
自分で道を選んだその先に「わたし」はいる|お坊さんによる【「虎に翼」法話】
映画「カオルの葬式」試写会を僧侶目線でレビュー|11/22より全国公開!
立正大学仏教学部卒業。東京仏教学院卒業。浄土真宗本願寺派僧侶。
宗教の基礎知識、心のサポート、終活のサポートなど、こころのよりどころとなる情報を楽しくわかりやすく発信します!