北海道の片隅にある小さなお寺・仁玄寺(にんげんじ)には、誰かにとっての大切な1冊ばかりを集めた本棚があります。

「あなたの『とっておきの1冊』は、どんな本ですか?」

そんな問いから始まる、本と人生とを巡るインタビュー、お楽しみください。

『トーマの心臓』中央公論新社、2022年
著者 萩尾望都

お勧めしてくれたのは、テンプルモーニングのアンバサダー、ユミ山本さんです。
(※詳しいプロフィールは文末をご覧ください)

「真ん中があっていいんだ」と気づくための物語

萩尾望都さんの名作漫画です。ドイツの寄宿学校を舞台に「善か、悪か」の二元論ではなく「その真ん中があっていい」ということに気づいていく少年たちの、様々な物語が展開していきます。

高校時代に友人から借りて、すごい衝撃を受けたんです!今は目立つところに置いてはいないのですが、何年かごと目に留まった瞬間、本棚の前に立ったまま一気読みしてしまいます。

(※ネタバレ注意※)自分がもう救われていると、ただ気づくだけでよかった

初めて読んだ時、一番のめり込んだのは「自分がもう救われていることに気づくだけでよかった」のに「気づけないから辛いのだ」というテーマでした。

物語終盤、中心人物であるユリスモール(以下、ユーリ)は、トーマという他者の「愛」により、実はストーリー序盤から許されていた(彼の価値観でいうならば「幸福な」)存在だったと気づくことになります。

それまでのユーリは、過去への贖罪の意識があって、彼を取り巻く世界と断絶していたのですが、善と悪の二極の真ん中に「実はもう、救いがあった」そして「自分はすでに、受け入れられていた」と、ただ気づけばいいだけだったのです。

高校生の頃は、自分の存在意義ってなんだろう?と、常にもやもやしていました。今でも「ここに居てもいいのかな」という感覚や不安はあるし、自分にユーリのような救いがあるかはわからない。

でも『トーマの心臓』は特別じゃない、すごく普遍的なことを伝えようとしてくれている気がして…読み返すたびに「自分はまだ気づききれてないけど、本当は気づけばいいだけなんだ」って思える。

世界の真ん中で自分は自分を許していい。それを受け入れさえすれば自分の居場所が見つかる、と信じられる。そんな幸福な時間をくれる漫画です。

どんな人に読んでほしい?

自分がなぜ「ここ」にいるのか、ぼんやり不安な人に。

とっておきの 1 コマ

文庫版p.427
ユーリの「…許していた?…」という問いに「うんユーリ ぼくは待っていた それだけ」と答えるオスカー。すべてを砕きのみこんだ「時」が、過去へと流れていきます。萩尾先生の絵は常に微細にゆらいでいて、瞬間を閉じ込めていないのが好きです。

この本を紹介してくれたのは…

ユミ山本さん
「本」という存在が好きです。好きが高じて、本の宣伝や装丁のデザインをする人になっていました。そして仏教徒でもないのに「お寺の朝掃除」を習慣にしていたら、それを「イイよ!」と言いふらす人になりました。みんなで作ったお寺のライブラリーで、新しく出会えた本たちを、読んだり並べたり積み上げたりもしています。

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