仏教身体研究家 藤井隆英が説く【禅的智慧の泉】 第二回 「◯◯の秋」のススメ 藤井隆英 ここより

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仏教身体研究家 藤井隆英が説く【禅的智慧の泉】 第二回 「◯◯の秋」のススメ

心のコラム

藤井隆英

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曹洞宗

2021-9-10

仏教身体研究家 藤井隆英が説く【禅的智慧の泉】 第二回 「◯◯の秋」のススメ -

2021年も、もはや9月。夏の暑さも一段落し、急に涼しくなってまいりました。

夏の暑さは不快感を高める上、“暑い”という想いに囚われやすいことでそれ以外のことを考える余裕がなくなります。結果として“暑い”以外の感覚を鈍らせ、思考の視野も狭くなりがちです。

現代は、思ったことをネットで匿名にてリアルタイムに発信できる時代です。それは社会全体意識の視野が狭い時には狭いままで伝わりやすくなるということでもあります。

2021年の夏は、コロナ禍にて自粛を強いられていただけでなく、社会として賛否のある出来事が多かったように思います。

出来事自体は問い続ける必要がありますが、夏の不快感と視野の狭さが加わり、当事者を傷つけ追い込むような言動も多くみられたような気もします。

そろそろ夏の夢から覚め、の過ごしやすさに相まった感覚に切り替え、広い視野と丁寧な言動を心掛けたいものです。


感じることは生きること

コロナ禍の長引く自粛によって、社会全体が感じることの大切さを忘れかけているようです。

感じることができることは生きていることです。そして適切に感じることは自己受容の基盤です。

例えば、ある感覚のみを突出して使用し、その感覚を盲信していることは、物事を適切に感じて生活していることにはなりません。

特に現代人は視覚と知覚に頼っている方が多いように思います。

そして、ある感覚のみに盲信していることは、他の感覚に目を向けなくなることですので、他の感覚の感受力はどんどん鈍くなります。

それは明らかに、安らかで幸せに生きるための感覚バランスが崩れていることであり、自己受容の基盤を減退させていることでもあります。

全体として、ぼやけている感覚も多くなり、適切に物事が感じられなくなり、思考の視野が狭くなっていきます。

視野の狭さは寛容力の低下につながります。

すると様々な物事に対する許せない度合いが高まり日々イライラや欠乏感が拭えなくなります。

さらに思い通りにいかないことの解消として、他者や社会への攻撃や強制、貶める方向に向かいがちです。


新しいことをはじめてみよう

禅的智慧の修行法である坐禅は、日常「突出している」「ぼやけている」両面の感覚を一旦棚上げし、湧き上がってくる感覚を、判断なく感受し続ける方法です。

坐禅をしていくと、物事を適切に感じる力が育ってきます。すると思考の視野が広がるとともに、安らかに生きるための感覚が生み出されます。

そして自らが適切な視野と感覚を有した幸せな生き方へ期せず変化していくとともに、他者に対しての寛容力と慈悲をも生んでいくのです。

となってまいりました。
いにしえより「○○の」とよくいわれました。それはただよい気候だからというばかりでなく、安らかな心地の中で物事を行うことの効果を言っているのではないかと思います。

引き続きコロナ禍にてなかなか出づらい日常ではあります。しかし感覚がぼやけてしまわないよう、紹介させていただいた坐禅でもよいですし、それ以外でも自分が安らかにワクワク感が湧き出すような新しいことをはじめてみてはいかがでしょうか。



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