人生の主人公は自分
ドラクエをはじめとするRPG(ロールプレイングゲーム)では、自分が主人公となりゲームをプレイすることになります。
「ロールプレイ」とは、自分がその役割を演じるという意味なのです。
その物語の「主人公」として、台本などから読み取った情報をもとにふるまっていく。
現在「主人公」という言葉は、だいたいこのような意味で使われています。
ですが元々、「主人公」という言葉は、禅語のひとつで「自分の中にいる本当の自分」というような意味でした。仏教から生まれた言葉なのです。
禅宗では、「自分」という存在を自覚することが重要だとしています。
「主」とは、すべてのものに束縛されず、自由自在であること。
そして「自在」とは「自ら在る」こと。つまり、自然で無心な、「自分自身」であることなのです。
お釈迦さまは、「この世界は我が家だ」と言っています。私たちは、この世界の主人公なのです。
ドラクエの中でも、プレイヤーである自分自身が、物語を作っていきます。
ストーリーの進行を放っておいて「ちいさなメダル」を集めたり、カジノに興じたり、「うまのふん」を拾いにいっても、誰も文句を言いません。
その行動を決めるのは、「主人公」である自分に他ならないのです。
以前この法話で、「選択」についてお話しました。
〈選択(せんちゃく)の物語、ドラクエ5【ドラクエ法話 第3回】〉
この世界は我が家であり、自分は自分の人生の主人公です。だから、道は自分で選びとらなければならないのです。
ドラクエでは、様々な選択を「はい」「いいえ」で選ぶことがあります。
その時、画面の中の主人公は、「自分自身」なのだ、と思いながらボタンを押すことが、ドラクエ最大の魅力なのだと思っています。
ドラクエ5では、ドラクエ最大の選択である「結婚」をはじめ、「モンスターを仲間にする・しない」「キラーパンサーの名前」など、たくさんの岐路があります。
私は、そのたびに「この青い服の彼は、私自身なのだ」と思って選択をしています。
なので、何度プレイを繰り返しても、結婚相手はあの人になってしまいますし、父の仇と相対するときは、必ずキラーパンサーのゲレゲレを連れて、装備も「パパスのつるぎ」に持ちかえます。
もちろん、そうしてもいいし、しなくてもいいのです。
それがドラクエの魅力であり、人生とも重なる部分です。
堀井雄二さんの言う通り、「人生はロールプレイング」であるゆえんです。
これらの選択を、きちんと自分で選びとることができる。
だからドラクエでは、自分が「主人公」なのです。
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著者紹介
鶯 蒼治郎
謎の浄土宗僧侶。
その正体は闇に包まれているが、以前は目黒で活動していたS山T郎ではないかとも言われている。
《著書》
三笠書房・知的生きかた文庫より『流されない練習』発売中
《関連情報》
根岸・西念寺にて「ドラクエ法話」不定期開催
西念寺ホームページ:http://sainenji.tokyo/
立正大学仏教学部卒業。東京仏教学院卒業。浄土真宗本願寺派僧侶。
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