生きとし生けるものは、必ず死んでいくのがこの世のならいです。

われわれにとって、最大の苦しみともいえる「死」ですが、
ドラゴンボールの世界では、割と「死」が軽く捉えられています。

ドラゴンボールを7つそろえることで、
人の命もよみがえらせることができてしまうため、
「死」が「取り返しのつかないこと」ではないためです。

悟空も作中で何度か命を落としていますが、その都度戻ってきました。

それだからか、
西の都が魔人ブウに襲われてしまうと心配するブルマに
「だいじょうぶだ。ドラゴンボールで生きかえれる」
と軽く言い放つ場面があります(ジャンプコミックス40巻 p11)。
命を軽く見ている訳ではないでしょうが、
どうしても「限りある命」という感覚とは違ってきてしまうのでしょう。

ただ、死の苦しみがまったくないこともありません。

同じ願いを2回叶えることができないため、
過去に一度生き返った人はよみがえることができませんし、
寿命などの「自然死」の場合も、ドラゴンボールでの復活は無理です。

そもそも、悟空本人が一度死ぬ際に、
クリリンに「死ぬってのは…けっこう い…いやなもんだな…」
と言い遺しています(ジャンプコミックス17巻p176)。

この時の悟空はドラゴンボールで生き返らせてもらうことを約束していましたが、
それでも「いやなもの」は「いや」だったのです。

そんな「死の苦しみ」を知っていたはずの悟空がなぜ、
死を軽く扱うような発言をしたのでしょうか。

そこにはおそらく、お釈迦さまの悟りの中での、ある考え方が関係しています。

この世の一切の現象や存在は、すべて「縁」によって生まれ、滅するものです。

これを「因縁生起」といいます。

つまり「苦しみ」にも原因があるということになります。

「ドラゴンボールで生きかえれる」と言った悟空だって、
犠牲者を出さずに物事が解決できるのなら、
それに越したことはないと思っていたはずです。

死の苦しみを、一度味わっているからです。

それでも、そういう発言をした裏には、
「いま最大の『苦しみ』は、魔人ブウの存在自体である」
ということを悟空が感じていたからです。

魔人ブウを倒さない限り、人々の苦しみは消えない、と。

魔人ブウを倒すためには、
力のある戦士を失うわけにいきませんし、
その力を蓄える時間が必要でした。

西の都のことも当然心配だったでしょうが、
苦しみの根本である「魔人ブウを倒す」ためには、
今そこを救いに行くよりも、
悟天とトランクスにフュージョンを教えこむ方が先決だと判断したのです。

結果、悟空の判断が功を奏し、
悟天とトランクスはフュージョンを成功させ、
スーパーサイヤ人3になりましたし、悟飯の覚醒もありました。

そして「天下無敵の合体おとうさん」ことベジットの活躍も生まれ、
最終的には悟空が今まで紡いだ縁や、
ミスター・サタンの力も借りて元気玉を完成させ、
魔人ブウを倒すに至りました。

悟空の「苦しみの原因」を見極める力が、地球の危機を救ったのです。

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著者紹介

鶯 蒼治郎
謎の浄土宗僧侶。
その正体は闇に包まれているが、以前は目黒で活動していたS山T郎ではないかとも言われている。
《著書》
三笠書房・知的生きかた文庫より『流されない練習』発売中
《関連情報》
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西念寺ホームページ:http://sainenji.tokyo/