元気玉は悟空の技の中でも特殊な部類に入ります。

戦闘民族であるサイヤ人の特性から1対1での対決にこだわりたがる彼が、
唯一他の生物から「元気」をわけてもらって放つ技だからです。

元気玉への協力は両手を空に上げて行いますが、
決して勝手に力が吸い取られていくということはなく、
そこにはその人の「協力したい」という願いや判断が尊重されています。

仏教にも「回向(えこう)」という、これによく似た大事な考え方があります。

回向とは自分の良い行動によって積んだ「功徳(くどく)」を他の人に「回し向け」、
分け与えることを言います。

善い行いは良い結果をもたらします。
コツコツと積み上げた徳を自分ひとりのために利用するのではなく、
「あなたも幸せでありますように」と他者に徳を分け与えることにより、
自分の中に生まれるエゴが消えて心が清らかになるということです。

亡くなった方にお祈りをすることに対して使われる言葉でもありますが、
それは亡くなった方の成仏を願って供養することを善行ととらえ、
まずその人自身が徳を積んで、その徳を亡くなった人に分けるということからきています。

人間だけではなく動物や植物などあらゆる生物から少しずつ元気をもらい、
それを攻撃のエネルギーに変えて放つ技である元気玉は、
まさしく回向の考え方と同じであると言えるでしょう。

まわりからの力を借りることができたからこそ、
あのフリーザや魔人ブウにも通用するほどの大きな元気玉ができ、
それが勝利へと繋がったわけです。

このように勝利することによって、
悟空の心の中に「敵を自分ひとりで倒した」というエゴが生まれることはなく、
結果としてまわりの人々と徳を分け合うことになりました。

悟空がいつまでも清らかな心の持ち主しか乗ることのできない筋斗雲を使えるのは、
まわりの人たちの力もあるのでしょう。

仏教語では、他人のために何らかの施しを差し出すことを「布施」と表します。

元気玉への協力は、まさしく「布施」そのものです。
自分がその場でできる最大のことを、必要としている人に差し向け徳を分け合うことで、
共に生き、生かされながら世の中は回っていきます。

他人にお布施して功徳を積み、それを回向することで、
いつしかまたその徳が自分自身の元へと帰ってくるのです。

魔人ブウを倒すとき、様々な人が元気玉に協力しました。
それは悟空が今までに大勢の人々を救ってきたからこそ、彼のもとに帰ってきた「回向」なのです。

写真協力
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著者紹介

鶯 蒼治郎
謎の浄土宗僧侶。
その正体は闇に包まれているが、以前は目黒で活動していたS山T郎ではないかとも言われている。
《著書》
三笠書房・知的生きかた文庫より『流されない練習』発売中
《関連情報》
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西念寺ホームページ:http://sainenji.tokyo/