
北海道の片隅にある小さなお寺・仁玄寺(にんげんじ)には、
誰かにとっての大切な1冊ばかりを集めた本棚があります。
「あなたの『とっておきの1冊』は、どんな本ですか?」
そんな問いから始まる、本と人生とを巡るインタビュー、お楽しみください。
『水木しげるのラバウル従軍後記-トペトロとの50年』中央公論新社、2022年
著者 水木しげる
お勧めしてくれたのは、未来の住職塾の講師等でご活躍中の、遠藤卓也さんです。
(※詳しいプロフィールは文末をご覧ください)
戦地で出会った現地人との交流録
『ゲゲゲの鬼太郎』等で有名な水木しげる先生のデビュー前のスケッチ集や、エッセイ・イラスト・短編漫画が収録された本です。戦争で派遣された、現パプアニューギニアの激戦地ラバウルで出会った現地人トペトロとの交流や再会、死別までが書かれています。
僕はアニメ鬼太郎に始まり、子どもの頃から妖怪が好きで…大学生の頃、本格的に色んな妖怪の本を読み始めた時に文庫版を古本屋で見つけて、「いつもの水木先生のと違うかも」と感じたことを覚えています。
強烈なグラデーションから伝わるもの
水木先生は、地獄のように悲惨な激戦地で、ラバウルの現地人(トライ族)の集落に楽園を見出だされたようです。彼らと大変仲良くなり、もてなされ、終戦時には「家も花嫁も用意するから、ここに残ってくれ!」とお願いされるほどだったとか。
そんな当時を思い出して描いたイラストは、やっぱりすごい幸せな感じのする絵ですよね。色遣いも明るくて、光に溢れている。
ところが、「絶望の町」(pp.76-83)など、復員直後の絵はすごく暗いんです。これが当時の心持ちだったんだろうなと。まだ全然妖怪とか描いてない頃の作品ですけど、絶望や苦しみが一目で伝わる絵を先生が描いていたっていうこと自体が、初めて見た時はもう本当にショッキングでした。
そこからだんだんと絵に色がつき始め、結婚して、漫画賞を受賞してとか、先生の半生記みたいにもなってるんですけど、このグラデーションはすごい強烈ですよね。
また文章の方も、戦争体験が、その後の創作活動にも活きているとわかるような言葉や、僕の人生においても大切な、すごく感じ入る言葉がたくさん入っているんです。
実は仕事で一度、水木先生にインタビューをさせていただいたことがあるのですが、「あ、このテの質問は、正面切ってお答えされてないんだろうな」という感触もあったりして(笑)。そういう、簡単には教えてもらえない部分を垣間見させてくれる本ですし、「戦争から生き延びて帰ってきた人が、ここまで絶望して世の中を見たんだ」と思うと、戦争直後の日本を知る手がかりにもなりそうな本です。
こんな人におすすめ
妖怪や『ゲゲゲの鬼太郎』が好きな人
水木しげる先生に興味がある人
本の基本情報
『水木しげるのラバウル従軍後記-トペトロとの50年』
中央公論新社、2022年
著者 水木しげる
とっておきの絵
pp.24-25 トペトロと過ごした日々の絵
この本を紹介してくれたのは…
遠藤卓也さん
「未来の住職塾」の運営を通じて全国約700か寺とのご縁をもつ。ポッドキャスト「Temple Morning Radio」では、平日毎朝6時に僧侶の対話とお経を配信中。各地から寄せられるお経音源は”お寺のフィールドレコーディング”であると気づき、自らもマイク&レコーダーを携え寺社を巡る「音の巡礼」プロジェクトをライフワークとする。
〈音の巡礼〉https://note.com/pilgry
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高野山真言宗仁玄寺副住職。“大切な人と死別した子ども”を支える市民団体「グリーフサポートSaChi」の事務局員。宗派を超えた道内寺院関係者の集い「てらつな」運営にも注力。