大きな川を越えた。今のが、いわゆる三途の川というやつだろうか。
かつて「三途の川で待っている」と、約束したはずの男は、そこにはいなかった。
仕方がない。あの人にとって、約束など、そんなものだったのかもしれない。

先をみると、一本のけもの道があった。奥は暗くて見えない。
この道を行けばどうなるものか。
不安などない。今までも、人よりも多くの修羅場をくぐってきた。
危ぶむなかれ。
一歩、また一歩。足元を踏みしめながら、歩きはじめる。

何日経っただろう。一本道をしばらく歩いていると、お堂が見えた。無言で中へ入る。ひとつだけある机に、男がひとり、座っていた。
立派な烏帽子。たっぷりと墨をつけた筆のようなあごひげ。鋭い眼光。これが、閻魔大王か。

ひと通りの問答が終わった。閻魔の重い声が響く。「問題ない。おめでとう、浄土行きだ」
当然だ。と思う反面、少し意外な感じもした。スターだった半面、敵も多く作ってきたレスラーだったのだ。
そんな自分が、浄土へ行ってもよいのだろうか。

「本当は、心やさしい男だったことを、知っているよ」閻魔の顔も優しくなった。「お前を応援する声が、娑婆からたくさん届いている」
「たくさんのライバルや弟子がいたのだな。プロレス界にとどまらず、様々な業界から『あの人と浄土で再び会いたい』という声があった。アメリカやブラジル、北朝鮮からもだ」

嬉しかった。自分がやってきたプロレスという道は、間違っていなかったのだ。
こぼれそうになる涙を、やっとのことでこらえた。「燃える闘魂」が人前で泣くわけにはいかない。
たとえそれが、人じゃなく閻魔であっても。

気を取り直して、閻魔に聞いた。「私はこれから、どうすればよいのでしょうか」
「そのうち、浄土から迎えがくる。浄土では、仏の道について学んだり、懐かしい人と会ったりしながら、ゆっくりと過ごすことになるだろう」閻魔が、優しく言った。「迎えがくるまでは、好きなことをしているといい。何がしたいか、言ってみなさい」

「自分には、まだプロレス界に返していない恩があります。娑婆に戻らせてもらえませんか」
「それは、だめだ。娑婆と直接かかわることはできない」
「では、トレーニングがしたい。かつてのライバルたちがこっちにやってきた時に、迎え撃ちたいのです」
「わかった。ここを出て、しばらく行ったところの広場で、自分のやりたいことを念じてみろ。そうすれば、なんでもできるようになる」
「でも、今の自分は体をこわしてしまい、満足に歩くこともできない。ましてやトレーニングなんてとても」
「心配するな。とりあえずその広場に行って、念じなさい。そうすれば、体も元に戻る。悔いの残らないよう、しっかりトレーニングするといい」

閻魔に言われた通り、広場へ向かう。そこで「プロレスのトレーニングがしたい」と念じてみた。
体に、力がみなぎってくるのがわかる。あの頃のような、力が。ジャケットを着ていたはずだったが、いつの間にか、黒のパンツ姿になっている。首には、赤いタオル。
まぎれもない、あの頃の身体。「ストロングスタイル」を貫いていた、あの頃の闘魂が、よみがえった。

いつの間にか周りが、立派な練習場となっていた。真ん中にはリングもある。
受け身をとってみる。いい具合だ。思う存分、力の限りにトレーニングできる。

しばらく無心でトレーニングしていると、練習場に何人か集まってきた。自分の他にも、プロレスのトレーニングがしたい、と広場で願った人がいたのだろう。
じきに皆、自然と組み合い、試合形式で練習するようになった。もちろん、自分に敵う相手などいないが、順番に胸を貸してやる。「いつ何時、誰の挑戦でも受ける」ことをモットーとしていたのだ。全員の技を受け止め、その上で勝ってみせる。

そのうち、練習場にいる全員が、少しずつ力をつけてきた。練習は裏切らない。
人は、歩みを止めたときに、そして挑戦をあきらめたときに年老いていく。
馬鹿になれ。とことん馬鹿になれ。恥をかけ。とことん恥をかけ。
元気があれば、なんでもできる。

誰かが言った。「観客の前で、試合してみたいなあ…」
そうだ。昔の力を取り戻した今、自分も、あの人とやってみたい。
満員の観客の前で、あの巨人と、決着をつけたい。

気がつくと、そこは見慣れた会場だった。日本武道館。
客席は当然のように満席。「プロレスを観たい」という願いをもった人が、全員集まったのだ。

リングアナが、ひと組ずつ、対戦する選手たちを呼び出していく。今まで一緒に練習していた仲間たちが、次々とリングへ上がり、勝敗に一喜一憂しながら、燃え尽きていった。
リングを降りてくる奴はいなかった。浄土から、リング上へ迎えが来るのだろう。

メインイベントが近づいてきた。ついに「燃える闘魂」の出番だ。
一瞬、不安がよぎる。引退してから20年以上、かなりのブランクがある。
あの人に、勝てるだろうか。いや。
出る前に負けること考えるバカいるかよ。

入場曲が流れる。それに合わせて、観客のボルテージも上がっていく。「猪木、ボンバイエ!猪木、ボンバイエ!」
入場する。リング上には、既にあの巨人が、待っていた。
あの人は、約束通り待っていてくれたのだ。

リングアナからの紹介を受け、ガウンを脱いだ。
リング中央で「東洋の巨人」とにらみ合い、レフェリーチェックを受け、コーナーに戻る。
セコンドにタオルを渡す。見ていろ。これが猪木だ。燃える闘魂・アントニオ猪木のストロングスタイル、今見せてやる。

一瞬の静寂。ふたりの闘士が、またリング中央へ向かい、にらみ合った。
誰かの「時は来た!それだけだ」という声が、客席からの咆哮にも似た歓声に、かき消された。

この勝負が終われば、浄土へ旅立たなければならない。
悔いなく闘い終え、浄土への道を、まっすぐ歩いていきたい。
迷わずいけよ。いけばわかるさ。

ふと、巨人が笑ったような気がした。
ゴングが、鳴った。

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