日本人なら誰もが知っている昔ばなし「桃太郎」。

あなたは桃太郎が本当によいことをしていると思っていますでしょうか?

今時世、ネットやSNSなどにてすべての思想や情報が繋がり続けています。

それは善悪の判断が個人レベルで試されていることであり、世界中全ての人々の個々の判断によって今後の世界が変化し築かれていくということなのです。

ある意味、個々の判断の集大成によって世界が平和に向かうか争いに向かうかが決定されているのです。

このように世界の平和は、各個人に託されているのであり、それは誰も逃れることはできないのです。

今回は「桃太郎」を題材にして、世界の平和に向かうための判断基準と行動指針を仏法智慧の視点により説かせていただきます。

桃太郎はなぜ鬼退治に行くのか

「桃太郎」の物語にて、桃太郎が鬼退治に行く理由は、鬼退治⇒「村人が殺され続けるから」という論理ではないでしょうか。
それは「鬼はこれからも殺し続ける存在だ」という固定観念からできています。
実際鬼はこれからも本当に村人を殺し続ける存在なのでしょうか。

桃太郎は村人たちが犠牲となった「今まで殺されてきた」という事実と、固定化した「鬼はこれからも殺し続ける存在だ」という観念から起こる、村人の恐怖と怒りを代弁する形にて退治しに行きます。
しかしながらそれは本当に必要な行動なのでしょうか。

結果桃太郎は退治をしたことで鬼から財宝を奪い村人たちから英雄扱いされます。
それでよいのでしょうか。

ではどうすればよいのでしょうか。

鬼は本当に悪人なのか

まずは「鬼はこれからも殺し続ける存在だ」を、今一度鬼側の気持ちになって向き合ってみること。
その上で鬼側の言い分もきちんと聞いていく必要があるのではないでしょうか。

「鬼はこれからも殺し続けるものだ」という固定観念を持っているのは村人側です。
逆に鬼側は「村人たちは鬼たちを虐げ侵す存在だ」という固定観念を持っているかもしれません。
その恐怖や怒りから村人を殺すという結果になっているのかもしれません。

もしかしたら固定観念を植え付けているのは鬼でも村人でもなく、理由あって別で吹聴している存在がいるのかもしれません。

悪人を作り出さない方法

憎悪からは憎悪しか生み出しません。
そして憎悪は持ち続けることで増幅していきます。
さらに憎悪を生み出すことで利を得ている者もいるかもしれません。

憎悪し続けない状態にするための根本解決は、まず互いの固定観念をほどいていくこと。
それには相手へのネガティブな偏見を抜きにしたコミュニケーションを築いていくことしかありません。

当事者同士でできないのであれば、仲裁する存在またはムーブメントを築いていくことが大切ではないでしょうか。

ひとりの存在として何もできないなんてことはありません。
ひとりひとりがネガティブな固定観念と偏見を抜き、耳を傾ける努力をし続けること。
そして自分自身も何らかのネガティブ事象に加担していることを認めること。

だからといって悲観するのではなく、かといって目をつぶり無視するのではなく、どうすれば対話をふまえた平和が築かれるかを問い続けること。

そのために起こる苦悩は私の内なる平和を築くためのものです。
“祈り”というのはそこからはじめて起こるものであり、どちらかを加担するために行うものではありません。

誰もが退治されない世界のために

本当に鬼は退治されるべき存在なのでしょうか。
本当は村人が退治されるべき存在なのかもしれません。
または、どちらも退治されるべき存在ではないのかもしれません。

仏教はすべての存在が本質的な安心の上で、幸せと喜びが享受されるための教えです。
それは他の世界宗教も同様と信じています。

ではどうすれば鬼は村人を殺し続けるのをやめることができるのか。
どうすれば桃太郎は鬼退治をしなくてすむのか。

覚悟をもって、村人・鬼のどちらもが自らに向き合い問い続けること。
そしてネガティブな偏見を抜いて相手に伺っていくことからしか本質的改善へと向かっていきません。

仏法は偏見を抜く選択と、問うためのヒントが満載な教えです。
それは固定観念を植え付けるのでなく、わたしという存在のすべてを駆使し、固定観念から離れるための方法が提示されているからです。

憎悪の結果によって犠牲になられた方々に哀悼の意を表します。
ひとりの平和への問う力は世界を駆け巡り必ずや改善へと進みます。

世界が平和になっていきますよう祈ります。

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