ドラゴンボールにおける「二大流派」


ドラゴンボールには、武術の流派が2つ登場します。亀仙流と鶴仙流です。
以前お伝えした通り(ドラゴンボール法話12)、相手を殺すための武術であった鶴仙流に対し、亀仙流の教えには「遊び心」が入っているため、戦い方に幅を持たせることができます。

そもそも亀仙人は、弟子たちに直接技を教えることは少なく、基礎の動きや考え方をレクチャーすることから修行を開始します。
その後、それをどのように活かしていくのかは、弟子たちしだいなのです。

カルト宗教と伝統宗教における「最大の違い」


現在、「カルト宗教」という言葉が世間をにぎわせています。
「仏教」や「キリスト教」などの伝統宗教と、「カルト宗教」との最大の違いは、伝統宗教が「自分で決めて信仰する」のに対し、カルト宗教は「弱っている人や孤独な人につけこんで、無理やり信仰させてしまう」ことだといわれています。

「信仰する」結果は同じでも、この考え方の間には大きな違いがあります。「自分で考える」伝統宗教に対し、カルト宗教のやり方は「考えを奪われる」ことに等しいからです。

この違いが、亀仙流と鶴仙流の差に現れているような気がしています。

亀仙流にある遊び心

亀仙流の基本には、前述した通り「遊び心」があります。
悟空やジャッキー・チュンがよく使う「多重残像拳」には、分身したようにみせつつ、相手との駆け引きを楽しむ側面もあり、そこには「心の余裕」が求められます。
心の余裕こそ、本来の宗教の目的です。
亀仙流の考え方には、それがあるのです。

悟空やクリリン、ヤムチャといった、亀仙流の門下生たちは、亀仙人から基礎を学び、それを「自分で考える」ことによって昇華し、強くなりました。
そもそも、亀仙流の代表的な技とされる「かめはめ波」を、直接習った弟子はいないのです。
悟空もヤムチャもクリリンも、自分で「できるかもしれない」と思って「かめはめ波」を繰り出すことに成功しました。
のちのヤムチャの「操気弾」や、クリリンの「気円斬」も、自分で考えだした技です。
亀仙流の戦士たちは、源流の教えに、自分たちの考えをプラスして強くなっていったのです。

お釈迦さまも「自灯明・法灯明」と仰っています。「まずは自分を信じろ。迷ったら法を思い出せ」という意味です。
亀仙流の教えと仏教には、大きなつながりがあるのです。

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著者紹介

鶯 蒼治郎
謎の浄土宗僧侶。
その正体は闇に包まれているが、以前は目黒で活動していたS山T郎ではないかとも言われている。
《著書》
三笠書房・知的生きかた文庫より『流されない練習』発売中
《関連情報》
根岸・西念寺にて「ドラクエ法話」不定期開催
西念寺ホームページ:http://sainenji.tokyo/