見た目とのギャップがあったキャラクターたち

フリーザは、変身型の宇宙人でした。
登場時の姿も、小さくてあまり強そうな見た目ではありませんでしたが、クリリンが「みただけで金縛りにあう」ほどの強さを持っていました(ジャンプコミックス21巻 p139)。
その後、フリーザは何度か変身しましたが、最終形態でも「ちいさくなって、さっぱりしちまって…迫力が…」というクリリンに対し、ピッコロは「外見だけで実力を判断するなといういい見本だ…」「いままでのほうが、ずっとかわいかったぜ…」と、その恐ろしさを語っています(ジャンプコミックス26巻 p59)。

神様は、ピッコロの野望をくいとめるために、さえないオッサンの姿を借りて天下一武道会に参加しました。
おそらく、あえて弱そうな姿となることで、自分が神であることを隠そうとしたのでしょう。

擬態ではありませんが、魔人ブウも、登場の時点では、悟飯に「魔人っていうから、もっと大きいのかと…」と言われています(ジャンプコミックス39巻 p22)。

このように、ドラゴンボールでは、見た目の姿と強さがリンクしていない事がままあります。
序盤に登場した「ウサギ団」の親分、「兎人参化(と にんじんか)」も、弱そうなウサギの姿でしたが、さわるとニンジンになってしまうという恐ろしい特技をもっていました。

「当たり前」への疑問が仏教を生んだ

人はどうしても「色眼鏡」でまわりを見てしまいます。「自分」というフィルターを通してまわりを見ることで「先入観」を持ってしまうのです。
「先入観」は、見た目以外にも様々な情報からもたらされます。
肩書や立場、職業、学歴、性別などなど…。
見た目も含めた「第一印象」は、確かに人を判断する大きな材料のひとつですが、それだけでその人のすべてを決めつけてしまうと、シェンに敗れたヤジロベーやヤムチャのように、痛い目にあう可能性もあります。

仏教では、見た目にこだわりすぎる事も「執着」としています。
坊主頭にしているお坊さんが多いのは、髪の毛を「煩悩の象徴」だとしているからだとする説が根強いですが、頭髪を短くしているからといって高僧であるとは限りません。
その方がお坊さんっぽく見えやすいという理由だけで頭を短くしている人だって、中にはいます(誰とはいいませんが)。
普段は別の仕事をしているお坊さんなら、髪の毛を伸ばしている人だっているでしょう。
そういう人の中にも、素晴らしい方はいるのです。

お釈迦さまは、生まれながらにして生き方が決まってしまう「カースト」という身分制度の中で、そこに疑問を持ち、出家しました。
自分が生まれる前からあった制度に疑問を持ち、「当たり前」に流されなかったことが、「仏教」の始まりだったのです。

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著者紹介

鶯 蒼治郎
謎の浄土宗僧侶。
その正体は闇に包まれているが、以前は目黒で活動していたS山T郎ではないかとも言われている。
《著書》
三笠書房・知的生きかた文庫より『流されない練習』発売中
《関連情報》
根岸・西念寺にて「ドラクエ法話」不定期開催
西念寺ホームページ:http://sainenji.tokyo/