浄土宗では「共生(ともいき)」という言葉を大事にしています。
この世は縁で成り立っており、私たちは、この世の生きとし生けるもののすべてと、
お互いに影響しあいながら暮らしているのです。

それぞれがそれぞれの役割を果たしながら繋がっていくこと、それが共生です。

もちろん今を生きるもの同士の横軸の繋がりも共生なのですが、
浄土宗ではこれに縦軸の共生という考え方も加わります。
縦軸の共生とは要するに「過去から未来へ繋がっている『いのち』との共生」という意味です。

私たちが今持っている「いのち」は、はるか昔の祖先から、
ずっと伝わってきたものです。そしてそれは自分たちの子供や孫の世代という未来へと繋がっていきます。
そうやって「いのち」は繋がっていくのです。

今の時代に生きている人は、今ここでできることを精一杯行いながら、
「いのち」を未来へと繋げていく役割を負っています。
ひとりの「いのち」であって、ひとりの「いのち」ではない。
ご先祖様から未来へ繋がっていく多くの「いのち」と共に、自分という存在は生かされているのです。

悟空は、様々な師から学びを得ています。
地球に来たばかりの頃は、「じっちゃん」と呼んでいた孫悟飯。
言わずと知れた亀仙人。カリン塔のカリン様。そして神様。さらに界王さままで。

すべての師から教わったことが悟空の強さにつながっていることは
『強さへの欲は、執着ではない』でお伝えした通りです。

ドラゴンボールに出てくる多くの師匠たちは、悟空や他の武道家たちに様々なことを教えます。
それはまさしく「過去から未来への共生」といえるでしょう。

悟空が最初に会った地球人である孫悟飯は、亀仙人の一番弟子でした。
亀仙流には「武道は敵を倒すものではなく、己に負けないために励むもの」という根底があり、
その教えは悟空の人生にかなりの影響を与えたのではないかと思われます。

実際に悟空は、天下一武道会でマジュニアに勝ち初優勝を果たしてからも、
自分のために修行を続けていました。

そして自分が教える側に立ったときも、息子の悟飯や、
最終回近くで登場するウーブなどに自分の技術を伝えようとします。様々な師から習ったことや、自分の体験してきた修行や戦いの経験を悟空なりに伝えたのでしょう。

亀仙人は弟子の増長を防ぐため、「ジャッキー・チュン」と名を変えて、天下一武道会へ参加しました。

そこでライバルだった鶴仙人の弟子である天津飯と対戦しますが、わざと負けてしまいます。

わざと負けた理由、それはそれまでの試合の中で自分の弟子の中には勝って驕るような傲慢で愚かな人間はいないと思ったこと、
そして天津飯のように若く力のある武道家が育っていることを確認したからです。
悟空と天津飯という次世代を背負う武道家たちに思う存分戦って欲しかったという亀仙人の思い、
これはまさに共生の心を表しているといえるでしょう。

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著者紹介

鶯 蒼治郎
謎の浄土宗僧侶。
その正体は闇に包まれているが、以前は目黒で活動していたS山T郎ではないかとも言われている。
《著書》
三笠書房・知的生きかた文庫より『流されない練習』発売中
《関連情報》
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西念寺ホームページ:http://sainenji.tokyo/