「足るを知る」という言葉があります。

老子の言葉とされ、「既にじゅうぶん満足であることを知っている」ということです。

仏教では「少欲知足」という言葉で表されます。

わずかなもので満足し、感謝することができる人が、より幸せに近づくのです。

界王星はとても小さい星ですが、
界王さまは「その気になれば、こんなところでも、たのしいことはいくらでもあるものだ」
と言い切ります(ジャンプコミックス18巻 p97)。

「草がなん本はえているか数えたり、空をながめたり、遠くまでオシッコをとばしたりな……」と、
笑顔で悟空に星の楽しみを教える姿が印象的でした。

ブルマも、ナメック星で待機している時、
過ごしづらい洞窟や山あいにいなければなりませんでしたが、
ホイポイカプセルを駆使して居場所を確保し、読書や食事するなどしていました。

「住めば都」なのです。

逆に、欲を出し過ぎて失敗したのが、ギニュー隊長です。

自分と相手の体を入れ替えてしまう「チェンジ」という技をもっているギニュー。

悟空との対戦中、悟空の方が強いと判断したギニューは、
より強い体を求めて、悟空に対し「チェンジ」を試みます。

ところが、悟空の体は、気のコントロールをうまく行わないと強さを発揮できず、
かえって戦闘力が落ちてしまう結果となりました。

「楽をして今よりも強くなりたい」という欲をかなえてくれる「チェンジ」という技は、
仏教的にはあまり推奨できないのです。

ギニューも最終的にカエルになってしまいました。

その後、フリーザが悟空と対戦しますが、
スーパーサイヤ人となった悟空が優勢となります。

ピンチのフリーザは、最後の手段として、相手の体を切断するために、
回転カッターのような気のかたまりを出します。

フリーザの最後の抵抗でしたが、最終的にフリーザは、
自分の出した気によって、自ら切断されることになりました。

「あわよくば」という欲が、かえって自分を苦しめることになったのです。

欲張らなかった例としては、
ドラゴンボールでピッコロをナメック星に呼び寄せる時、
場所指定をしなかったことで、
みんなと同じ場所に呼べなかったため、
結果としてピッコロは合流する途中でネイルと融合することができ、
パワーアップを果たした話もあります。

これはたまたまですが、
まわり道したことがピッコロのパワーアップを生んだことに違いはありません。

スーパーサイヤ人となった悟空は、
同胞であるサイヤ人のことを「罪もない者を殺してきたから滅びた」と自覚していました(ジャンプコミックス27巻p77)。
「スーパーサイヤ人は「悟り」 ドラゴンボール法話#2」
で、スーパーサイヤ人になるまでには、
悟空が今までに積み重ねた縁が必要だったと記した通り、
経験や知識を積み重ねて、
人は強くなっていくのです。

写真協力
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著者紹介

鶯 蒼治郎
謎の浄土宗僧侶。
その正体は闇に包まれているが、以前は目黒で活動していたS山T郎ではないかとも言われている。
《著書》
三笠書房・知的生きかた文庫より『流されない練習』発売中
《関連情報》
根岸・西念寺にて「ドラクエ法話」不定期開催
西念寺ホームページ:http://sainenji.tokyo/