はじめに
現在、根津美術館にて企画展「阿弥陀如来 -浄土への憧れ-」が開催されています。
仏教の世界には幾多の神仏がおりますが、本展の主役は、その中でもかなりメジャーな仏様、「阿弥陀如来」です。
阿弥陀如来は西方極楽浄土にいて、すべての者を救済すると言われていることから、浄土信仰の象徴的存在となりました。
本展では日本、そして高麗において、阿弥陀如来と浄土思想がどのように信仰されてきたのかということを紹介しています。
阿弥陀如来
展覧会最初の作品は、阿弥陀如来のイメージとしてメジャーな図、「阿弥陀三尊来迎図」です。
阿弥陀如来とその脇侍である観音菩薩・勢至菩薩が雲に乗り、死を迎えた魂を極楽浄土へと導いていくという図です。
このモチーフは阿弥陀・浄土信仰の中でも非常に有名なもので、仏教が伝来し人々が仏にすがるようになってから数えきれないほどの来迎図が描かれてきました。
この作品も左上から右下に向かって降臨してくるという、日本の来迎図でよく見られる構図の画です。
黒い背景に浮かび上がる三尊が金色に輝いているようで、まばゆいばかりに表現された超越的存在に対する畏敬の念が溢れています。
初期の阿弥陀信仰
第1 章では初期の阿弥陀信仰を紹介。
紙本の経典や、諸仏の情報がまとめられた図像抄は仏教を学ぼうとする人たちにとっては貴重な資料でしょう。
そして次に展示されている「金剛界八十一尊曼荼羅」の大きさと迫力には圧倒されます。
金剛界曼荼羅の中心部である成身会( じょうじんね) が描かれており、中心部にいる大日如来の上方部分(方角では西方)には阿弥陀如来と脇侍菩薩が配されています。
伝教大師最澄の弟子である円仁が日本に伝えた原本を写したもので、重要文化財に指定されているものです。(ちなみに密教における五仏は金剛界と胎蔵界の2 グループがありますが、中心である大日如来を除けば、阿弥陀如来だけがどちらの五仏にもおり、密教においても阿弥陀如来が重要な仏尊であったかということがわかります)
曼荼羅図には五仏だけではなく数えきれないほどの仏が描き込まれており、圧巻の一言です。
深緑色と紅色が基本カラーになっていて、補色が生み出す鮮やかさが要素へと目を引かせます。
法具が区切りの縁に連続的に描かれたり周囲にパターン化された背景になっていたりなど、全体がデザインされているのも注目ポイントです。
祖師たちの教え
天台宗の僧・源信によって、極楽往生の為には念仏と阿弥陀如来へすがるしかないと著された「往生要集」は日本の浄土信仰の礎となり、浄土宗・浄土真宗などの開宗へと繋がっていきました。
本展で展示されている「往生要集」は元禄版のもので浄土宗や浄土真宗では非常に重要な仏書とされています。
これが仏書として重版され日本中の僧の手に渡り浄土信仰が広まっていったのかと考えると、歴史の重さを実感します。
浄土の姿と阿弥陀の来迎
本展では極楽浄土とそこにに住まう阿弥陀如来を描いた仏画が何点か展示されていますが、「当麻曼荼羅」と称される仏画は、極楽往生を広めるために、美しく絢爛豪華な浄土のイメージを絵画にして当時の人々に広めるため盛んに制作されました。
展示されている「当麻曼荼羅」などの品を見ても、遥かに広がる楼閣や、阿弥陀三尊を取り囲む仏たちが織り成すビジュアルがとってもゴージャスで賑やかな世界観です。
「兜率天曼荼羅」では未来仏である弥勒菩薩が住まう兜率天を描いています。
絵の基調は息をのむような鮮やかな緑色。
建物は朱色と金色で彩られており、緑と調和してよく映え、群青色の水面からは瑞々しさが伝わってきます。
正面向きの来迎図「阿弥陀三尊来迎図」では、体に金泥を、着衣に截金を装う「皆金色」という技法が施されています。
これは来迎図によく使われた技法で、阿弥陀如来や諸仏を光り輝くような黄金で表すことによって、仏の偉大さ・極楽浄土の素晴らしさを伝えていると言われ、美術創作を通じて布教を行う宗教芸術の一つの手法であるとも言えます。
着衣の截金文様が精密で美しい絵です。
ぼやけた光背がまるで燃え上がる炎のよう。
截金の鋭い表現とその周囲の淡い表現が対比になって絵を引き立てています。
他の画でもたびたび見られたのが、仏身から発せられる光輪がまるでレーザービームのように四方八方へと放たれる表現です。
苦しみの中彷徨う衆生のもとへ現れる救いの象徴を、闇夜を切り裂くがごとく迸る御来光のように、強く鮮やかに表現したのでしょう。
高麗の阿弥陀信仰
本展では、日本の阿弥陀仏像仏画だけでなく、高麗の阿弥陀如来を描いた仏画も展示しています。
国教が仏教だった高麗では多くの仏像仏画が制作され、それらは「高麗仏画」と呼ばれています。
「褐紙大方広仏華厳経 巻第十二」「紺紙銀字妙法蓮華経 第六巻 」は褐紙(褐色に染められた紙)や紺紙に、金泥によって書かれた写経の巻物です。
横長の見返し部には如来や菩薩などの諸仏が非常に細かく描画されています。
写経の書跡と同様に、作者の技を感じさせる、気の遠くなるほど繊細な画です。
他にも高麗の阿弥陀仏画が6 点展示されていますが、描かれた阿弥陀如来はやはり日本での仏画とは雰囲気が違う印象を受けました。
まず全体的に着衣や台座など細部モチーフの描きこみが際立っていること。
中国朝鮮などの大陸の美術は日本のそれとは少し違う感覚で、細部の作りこみへの極限までの拘りを感じます。
元々求められる技術の高さ・完璧さのレベルが圧倒的で、もちろん信仰心あればこそだとは思うものの、長い歴史を超え残った芸術作品の素晴らしさには心から感嘆せざるを得ません。
そしてもうひとつは、仏様の顔立ちの印象。
本展での日本の阿弥陀仏や他の仏尊は割と涼やかで凛々しい顔立ちでしたが、高麗仏画の阿弥陀仏や仏尊の表情はみな柔和で、肉付きも柔らかく、親しみやすい印象でした。
さいごに
中世・近世の日本は堅固な身分制度によって社会が構成されており、生まれた時の身分と境遇でその後の人生が決まってしまうような制度下では、現代のように自分の好きなことをやる、豊かになるために人生を選ぶ、などということは許されませんでした。
貴族や富者はそこに生まれただけで食うに困らず豊かに暮らせる、それなのに貧者は一生懸命働いても貧しく食べることもままならない。
なぜ生まれた境遇でこれ程までに違うのか。
貧しい身分の下に生まれた我々は、先祖は、生まれてくる子供達は死ぬまで苦しむことが定めだというのか。
我々は一体何のために生まれてきたのか。
貧困や飢えに苦しみ嘆く無辜の民にとって、そんな辛苦を終わらせてくれるのが、極楽浄土という苦しみのない清浄の地へと導いてくれる阿弥陀如来だったのでしょう。
来迎図や浄土図には、苦しみに満ちた闇夜に囚われた人々を救い上げる慈悲の光を追い求めた僧や信者の、血を吐くような渾身の願いが詰まっているのです。
根津美術館 企画展「阿弥陀如来 -浄土への憧れ-」開催情報
●展覧会名/企画展「阿弥陀如来 -浄土への憧れ-」
●会期/ 2022 年5 月28 日( 土)~2022 年7 月3 日( 日)
※オンライン日時指定予約制。予約が上限に達していない場合は当日券あり。
●会場/根津美術館
●住所/東京都港区南青山6-5-1
●開館時間/ 10:00~17:00( 最終入場時間 16:30)
●休館日/月曜日
●電話/ 03-3400-2536
●根津美術館公式サイト/ https://www.nezu-muse.or.jp/
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立正大学仏教学部卒業。東京仏教学院卒業。浄土真宗本願寺派僧侶。
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