口から仏様が出ている空也上人像が半世紀ぶりに東京にやってきた

現在、東京国立博物館にて空也上人没後1050年を記念した『特別展「空也上人と六波羅蜜寺」』が開催されています。

もし空也上人という人物や、その名前を知らないという人がいたとしても、今回展示されている空也上人像の画像を見たことがあるという人はかなり多いのではないでしょうか?

空也上人像一番の特徴は、なんといっても口の部分から銅線で繋がっている6つの小さな阿弥陀仏像です。

人々の心に一度見たら忘れられない強烈なインパクトを与えているこの像が、なんと半世紀ぶりに東京にやってきました。

特別展「空也上人と六波羅蜜寺」の見所・展示品を紹介

入り口の真正面でまず来訪者を迎えてくれるのは《地蔵菩薩立像》(重要文化財)です。
本像は仏師の祖ともいわれる定朝が制作したとの説話があり、美術的にも貴重な作品です。

身体の厚みは控えめで、全体的な身体のプロポーションは整っています。
衣文の表現は、纏っているのが薄布だとひと目でわかるほど繊細で静か、そよ風が吹けば袖がはためくのではないかと錯覚してしまうような絵画的造形によるものです。

同時に見てほしいのが光背です。
パターンとして作り込まれた見事な唐草文様と、その中に座する尊像のレリーフはこの立像を中心とした空間のバックグラウンドとなり、一つの不可侵世界を作り出しています。

閻魔王坐像や十王図を過ぎ、展覧会場の突き当りにあるのが《四天王立像》と《薬師如来坐像》(いずれも重要文化財)。
薬師如来坐像は空也上人没後に六波羅蜜寺再興のために作られた像です。

寄木造初期の作例と言われるこの像は頭部がやや大きめで、全体に漆箔の名残が残っており、人々の崇拝を集める対象としての時間の積み重ねを感じます。
薬壺を持ち印を結んだ手も大きく、こちらを見下ろす静かな表情とともに救済のシンボルとなっていたのかもしれません。

この展覧会は六波羅蜜寺の仏像を会したものですが、同時に深い関係を持つのが慶派=運慶一門です。
仏師として最も有名だと名高い運慶の作品や運慶が建立した「十輪院」に安置された尊像も展示されています。

その運慶作の仏像が《地蔵菩薩坐像》(重要文化財)です。

坐像ですが頭が小さく非常にスタイルのいい像です。
体のラインはなだらかですが柔らかさよりは内なる筋肉のしなやかな強さを感じます。
フォルムは流麗、完璧で破綻のないシルエットと地面の上に乗っている確かな量感があります。
余計なものを一切削ぎ落とした面持ちからは神々しさが溢れているのと同時に、布地のなめらかさと首飾りなどの細部の作り込みがメリハリを出してリアリティが生まれています。

天に向かって伸びていくようにまっすぐな正中線の身体に衣のひだがしなやかに折り重なり、どっしりと安定感のある体躯から運慶作品らしい威風堂々とした高貴さが光輝くように発せられています。

空也上人像と対面!生きているかのようなリアルさ!

そして、やっとこの展覧会の主役へとたどり着きました。
《空也上人立像》(重要文化財)です。

ちょっと離れたところから見た第一印象は「思ったより小さいな」でした。
しかしそばに寄り空也上人のお顔が見えてくるにつれ思いがけずこみ上げてきたものをぐっと飲み込みました。
それほどの衝撃が《空也上人立像》にはありました。

像内の墨書から、作者は運慶の四男・康勝とされています。
卓越した描写力を持ち、貧しい民のため奔走したことから”市聖”とも呼ばれた空也上人の生き写しのようです。

年代的には康勝がかなり若いときに制作されたと考えられていて、そのせいか運慶などの作品に比べるとかなりざっくりとしたダイナミックなシルエットではありますが、ゴワゴワとした皮衣をまとっているにもかかわらず体勢(骨格)がひと目でわかるところに康勝の力量が示されています。

そして同時に目を引くのが質感表現です。

肌、皮衣、金属の鉦鼓、鹿の角、草鞋、全てがそれぞれの質感を再現していることに驚かずにはいられません。
骨の浮き出た枯れ木のような身体をしていても、目には光が宿り、前方を見据えた瞳がキラリと輝いています。
上人の細い腕には血管が、足には筋が浮き出て、大地を踏みしめながらも前のめりになった身体を杖で支えながら歩く姿はまさに「阿弥陀聖」と呼ばれるにふさわしい姿です。

慶派は造形のリアリティの素晴らしさでは他の追随を許さないという評価がありますが、この像を見ても流石と言わざるを得ません。
仏像とは違う人間らしい生き生きとした表情が凄まじい訴求力で私達の心に訴えかけてきます。

平安時代に生きた空也上人はどんな人?
なぜ口から仏様が出ているの?

空也上人は平安時代に生まれ、その生涯を貧しい人々のために尽くして生きた僧です。
平安時代半ばは社会が貧しく不安定で、人々はいつでも不安の中にいました。

上人は民衆を救済するべく、仏の教えを説きながら、自分が受けたお布施を貧しい人に渡したり井戸を掘ったり橋を架けたり放置された遺体を火葬してお経をあげたりさまざまな救済活動を行いました。そんな空也上人がとなえた「南無阿弥陀仏」という言葉の一つ一つが仏になったという伝説のシーンを形にしたのがこの像です。

空也上人の口元から生まれ小さな仏になったのは、み仏と人に対する慈悲に包まれた上人の温かい吐息でしょうか?
それともこの世の苦難を目の当たりにしながらもすべての人を救うことはできないとわかったとき、血涙の代わりに念仏をとなえ続けて潰れた喉から噴き出た鮮血でしょうか?

恍惚とも苦悶とも思える表情でとなえた念仏が阿弥陀仏へと変化するという他に類を見ない康勝独自のこの表現は、上人の純粋な信仰心・人々を救いたいという命がけの宿願の具現化なのであり、その圧倒的創造力が、空也上人と我々・平安と令和・浄土と娑婆・時空を超えたあらゆる異界を繋げて、一瞬にして私達を別世界へと連れ去ってしまうのです。

空也上人が念仏をとなえながら歩いたのは平安時代の疫病と戦乱の中です。
そして残念なことに、千年以上たった現代でもこの世界には疫病が蔓延し、戦争が起こっています。

空也上人がこうして沢山の人の目に触れることになったのも、救いを求める人々の、そして上人の願いが形になったのかもしれません。

空也上人立像はあまりにリアリティに溢れすぎていて、まるで今なお生き続けているようです。

世界の醜さ、苦しさ、哀しみを知り、そのうえで愛と信仰を失わなかったからこそ、人々の心を打ち安らぎを与えてきたのです。

千年以上前からずっと今まで、上人は私達のために歩き続け、念仏をとなえ続けています。
苦しむ人々が全て救われるまで、仏の教えで世界が満たされるまで、空也上人は御仏の見守る世界に生き続けるのでしょう。

私達が辛いとき苦しいとき、空也上人の口から生まれた小さな仏が、ひっそりと私達に寄り添ってくれているのかもしれない。
そう思えるほどの感動がありました。是非この機会に御覧下さい。

特別展「空也上人と六波羅蜜寺」開催情報

展覧会名/特別展「空也上人と六波羅蜜寺」
会場/東京国立博物館 本館特別5室
会期/2022年5月8日(日)まで開催中
開館時間/9:30~17:00 
休館日/月曜日、3月22日(火)
※ただし3月21日(月・祝)、3月28日(月)、5月2日(月)は開館
住所/〒110-8712 東京都台東区上野公園13-9
電話/050-5541-8600(ハローダイヤル)
展覧会公式サイト/https://kuya-rokuhara.exhibit.jp

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