【ドラゴンボール法話 011】「ま、いいかの心」と、「あきらめない心」 ここより

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 【ドラゴンボール法話 011】「ま、いいかの心」と、「あきらめない心」

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ここより編集部

2021-4-22

 【ドラゴンボール法話 011】「ま、いいかの心」と、「あきらめない心」 -

悟空はよく「ま、いいか」と言うことがあります。

大猿になった時、シッポを切られてしまい、それに気づいた場面や、
カリン塔に住んでいる仙人さまが猫だった事に一瞬驚きを見せた時も
「ま、いいか」とすぐに納得し、まわりを驚かせました。

仏教には「諦観(ていかん)」という考え方があります。

「本質をはっきりと見極め、事態を察して諦めること」という意味です。

「諦める」というと、後ろ向きな意味にとらえてしまう方もいるかもしれませんが、
どちらかというと「その場の事態や状況を理解し、自分にできる事とできない事を見極め、
できない事に執着しない」という、前向きな意味の言葉です。

悟空の「ま、いいか」は、まさに「諦観」を表しています。

いくら後悔しても、自分の力で切れたシッポを取り戻すことはできませんし、
カリンさまが猫である事も、悟空にはどうしようもありません。

悟空の心に諦観があるのは、育ての祖父である孫悟飯や、
師である亀仙人の教えが身についているからかもしれません。

亀仙流には「武道を学ぶことによって心身ともに健康となり、
それによって生まれた余裕で、人生をおもしろおかしく、
はりきって過ごしてしまおう」というコンセプトがあり(ジャンプコミックス ドラゴンボール3巻p83)、
真面目に修行した悟空やクリリンには、その心が染みついているのでしょう。

自分にはどうしようもない事にとらわれず、
その場でできる最善の事を積み上げていきながら、
今を生きていくという仏教の考え方が、
武道とも共通しているのではないでしょうか。

それは「すべてを諦める」事とも違います。
まだそこに「自分にできる事」があるにも関わらず、
すぐに諦めてしまっては、目の前の相手に勝つ事はかないません。

悟空がレッドリボン軍と戦っていた時、「ブヨン」という怪物が出てきた事があります。
体が柔らかく、どんな攻撃もダメージを吸収してしまうブヨンには、
パンチもキックも、かめはめ波ですらはね返されてしまうので、悟空と一緒にいた、
人造人間のハッチャンは「もうだめだよ、ソンゴクウ。どうしようもない…」と
諦めかけます(ジャンプコミックス ドラゴンボール6巻p70)。

しかし悟空はそこで「男はあきらめちゃダメなんだぞ!」とハッチャンを諭すのです。
そして、「外の冷たい空気でブヨンを凍らせて、固くしてから攻撃する」という方法を思いつき、
ブヨンを倒します。

悟空には、「ま、いいか」という諦観と、決して「できるかもしれない事を諦めない」武道家としての心が同居しています。それは矛盾ではなく、「どうしようもない事」と「可能性のある事」をきちんと見極められる、悟空の強さなのです。


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ドラゴンボール法話 朗読
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【著者紹介】
鶯 蒼治郎
謎の浄土宗僧侶。
その正体は闇に包まれているが、以前は目黒で活動していたS山T郎ではないかとも言われている。
《著書》
三笠書房・知的生きかた文庫より『流されない練習』発売中
《関連情報》
根岸・西念寺にて「ドラクエ法話」不定期開催
西念寺ホームページ:http://sainenji.tokyo/


「ま、いいかの心」と、「あきらめない心」 悟空 ドラゴンボール

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