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思えばいつも「君たちはどう生きるか」問われてきた
私は宮崎駿作品の熱心なファンではない。観ていない映画もある。
今回、この映画が「宮崎作品の集大成」であるという評判も聞いていたが、その点を感じとれるかどうか、楽しみな反面、不安もあった。
だが、しばらく観ているうちに、今回の物語の主人公である「眞人(まひと)」から、今までの宮崎作品の主人公たちの面影がみえてくるようになった。
眞人が迷いながらも成長していく姿は「魔女の宅急便」のキキを思わせたし、自分よりも大きな力に立ち向かう勇気は「ラピュタ」のパズーのようだった。
愛する者を守る優しさは「ポニョ」の宗介を。信じる道を選びとる意志は「ナウシカ」を彷彿とさせた。
そして、選んだ道を誇り高く歩んでいく場面は「紅の豚」のポルコの背中が重なってみえた。
日常とファンタジーはいつも隣にあり、思い切ってそこに飛び込むことで、人は成長して、帰ってくる。「トトロ」のサツキも、「千尋」もそうだった。
宮崎作品にはいつも、人に流されず「意志をもって道を選びとる」人々と、その人たちが「誇りをもって歩んでいく」姿が描かれている。
時は太平洋戦争のさなか。実母を火事で亡くし、大人に振り回されてきた眞人は、継母のことも、きっと父親のこともそんなに好きではなかった。
疎開先の学校に馴染めず、ケンカして帰る道すがら、石で自らの頭を傷つけ、わざと親を心配させて、学校に抗議に行かせるように仕向けていた。
その後、つわりがひどく、精神が不安定になった継母・夏子が、「行ってはいけない」とされていた「森」にある「塔」の方へ行くのを見かけるが、放っておいて読書にふける。
その時に読んだのが、吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』である。
この本を読んだ眞人は、涙を流して感動する。人として、男として、きっと感じるものがあったのだ。
その後、みんなが夏子を探しているのに気づき、青サギに煽られたこともあって、継母の後を追い、森へ行く。
眞人が動いたのは、本の影響に加え、塔の方へ行く夏子を見たのは自分だけだという責任感もあったろう。
どちらにしてもこの時はまだ、継母である夏子のことは「父の好きな人」に過ぎず、「母親」だとは思っていなかったのではないか。
その後眞人は、迷い込んだ「下の世界」で、「青サギ」や「キリコ」、不思議な少女「ヒミ」、そして、消息を絶ったはずの「大叔父」と話すうちに、徐々に「生まれてくる命」の尊さに気づき、眞人の弟か妹を産もうとしている夏子のことを認めはじめる。
そして「悪意のない、下の世界」を治めている大叔父から、後を継いで王になってくれ、と頼まれるが、これを断り「元いたところ」に戻ることを選んで、物語は終わる。
思えばいつも私たちは、宮崎作品から「君たちはどう生きるか」と問われてきた。
タイトルでも聞かれた今回は、映画館で何度も考えさせられた。
かといって、重たいだけの物語ではない。
宮崎作品名物の「おいしそうな食べ物」も出てくるし、「女性の登場人物の強さ」も堪能できる。「味のある老人」の活躍や、「美しい自然」の描写もある。
それぞれのシーンに、今までの作品を重ねながら、思い出にひたることもできる。
確かにこの映画は、「集大成」だったのだ。
作家は誰でも、「生と死」を描きたがる。年をとればとるほど余計に。
宮崎駿という、稀代のアニメーション監督が、どのように生きて、どのように自分の人生を締めくくろうとしているのか、観ておいて損はないと思う。ファンなら特に。ひとりになった母親とどう向き合う?
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立正大学仏教学部卒業。東京仏教学院卒業。浄土真宗本願寺派僧侶。
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