清濁さまざまなことを遺して、東京オリンピック2020は終了しました。
開催自体への賛否や、
新型コロナウイルス感染症の拡大などについての問題もあることは、
重々承知しております。
国民が外出の自粛を呼びかけられている中で、
外国から選手を呼んでスポーツの大会を行ったことについて、
複雑な思いを抱えている方も多いと思います。
それでも、東京オリンピックは開催され、そして終わりました。
そこにはもちろん、数々の問題や課題が残りましたが、人々の心に残る感動もありました。
以前、臨済宗の僧侶から、「今、ここ、生きる」という言葉を聞いたことがあります。
仏教では、過去も未来も、頭の中にしかないという考え方をします。
今まで起こってきたことも、これから起こることも、
今ここではなく、自分の頭の中にしか存在しないのです。
だから、「今、ここ」に全力を尽くすことが大事なのです。
今回、オリンピックに参加したアスリートたちも、
おそらく全員が「その場所で、自分のできること」に全力で取り組んできた結果、
大会が成立したのだと思います。
直前まで「もしかしたら大会自体がないかもしれない」という状況の中で、
身体や心の鍛錬を怠らず、物事に全力で取り組んできたアスリートたちが、
自分の力を発揮したことについては、純粋に称えてあげてもいいのではないかと思うのです。
仏教には「報恩」という言葉があります。
まわりから何かをしてもらったとき「ありがとう」と感謝しますが、
さらに「自分も誰かに恩を送ろう」と行動することで「恩の循環」が生まれます。
そしてそれは巡り巡って、自分自身へ帰ってくるのです。
柔道で金メダルをとった大野将平選手は、
普段は自信満々に柔道をする、飄々とした選手ですが、
優勝し、井上康生監督と目が合ったとたんに涙をみせました。
監督に対する恩や感謝が、涙となってあふれてしまったのでしょう。
サーフィンで銀メダルだった五十嵐カノア選手は、
インタビュー中に自分のおばあちゃんから「(亡くなった)おじいちゃんも見てたよ」と言われ、
涙ぐみました。
活動拠点をアメリカにおいているカノア選手ですが、
自分のルーツである日本への感謝があったのです。
マラソンの大迫傑選手も、インタビュー中に「みんなが大迫さんの走りを見ていた」と言われ、
「あまり泣かせないでください」と笑い泣きしました。
孤独だと思われがちなマラソン競技ですが、
まわりに支えられながらの競技生活だったことを知っているからこそ、
最後だと決めていたレースで自分の力を発揮できたのです。
他にも、数々の場面に、選手たちの笑顔や涙がありました。
そこに共通しているのは、
「大会が行われたことへの感謝」
「出場することができた感謝」
「そこで自分の力を発揮できた感謝」などの、
感謝と報恩の心です。
水泳の池江璃花子選手は、
開催が昨年から伸びたことで、白血病から快復し、
大会に出場することができました。
他の選手たちも、さまざまな縁によってこの大会に関わり、喜びや悲しみを共有しました。
大会の開催に反対で、そもそも観ていない人もいると思うので、
国民全員がオリンピックから何かを受け取った訳ではないでしょう。
でも、その人たちも、他のことから何かを受け取りながら、
今を生きていることには違いありません。
観ていない人は他のことから。
そして、オリンピックから恩を受け取り、
感動した人は、ぜひその恩を、また他の誰かに差し向けて欲しいのです。
その恩は巡り巡って、いつかまた、その恩が自分に返ってきます。
そうやって、人の世はまわっていくのです。
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浄土宗僧侶。ここより編集長。大正大学卒業後、サラリーマン生活を経て、目黒の五百羅漢寺へ転職。2014年より第40世住職を務めていたが現在は退任。ジブリ原作者の父の影響で、サブカルと仏教を融合させた法話を執筆中。