目次
写仏の原画制作も手がける仏師
仏像の盗難にあってから仏師を目指した前田師。
今では仏像教室を開催しながら、インドの寺院にも仏像を納めています。
その前田師は写仏の原画制作も手がけています。
前編に続き、後編でも前田師の仏師としての思いを語っていただきました。
前編をまだ読んでいない方は、こちらよりお読みください。
Q6 仏像制作の前に仏画を描く
編集部:どのようなタイミングで仏画を描いていますか?
前田師:私の場合は仏像制作の一番初め、頭の中にあるイメージを紙に描き起こすために絵を描きます。
壁にその絵を貼っておけば毎日見ることができますからね。
それでイメージが湧いてくるんです。
木取りという木彫りの仏像制作に必要な木のブロックの量を見定めるなど、制作する仏様のサイズを測る上でも欠かすことのできない過程です。
Q7 仏様を彫ること 描くこと
編集部:仏像を彫ることと描くことに違いはあるのでしょうか?
前田師:頭の中のイメージを描き起こしてイメージを固めていくという点では、仏師として絵を描くこと自体は身近なことです。
仏師なら誰でも仏様を描くという作業はしていると思いますよ。
彫るために必要な工程ですからね。
ただし仏師と仏画師は違う職業です。
ですから厳密に言えば仏様を彫ることと描くことは違うものなのかもしれませんが、最終的に仏様のお姿を現せるという部分は共通しているのではないかと思います。
仏画師は仏様の絵を描くことが専門ですが、私たち仏師は仏様のお姿を彫り出す下準備として図面を書くような感覚で絵を描きます。
ただ、どちらも仏様のお姿が現れているものですから、当然その絵を写仏用として使用することもできるわけです。
ただし仏様のお姿を彫るにしても写仏をするにしても、意識すべきは出来栄えではありません。
うまくできるかどうかではなく、完成したものが仏様になるということに目を向けるようにしましょう。
Q8 写仏する仏様を選ぶ
編集部:写仏の際、仏様の選び方はあるのでしょうか?
前田師:そのときの自分の心情や状態などに合わせて、「今回はこの仏様の写仏をしよう」と思うことがあっても良いですし、自分の気持ちだけではなく世間の状況に合わせて「今回はこれが良い」などと力が入ることがあっても良いと思います。
女性的な観音様のお姿が良いとか阿弥陀様のお姿が良いなど、そのときの心の在り方に合わせて選ぶのが良いですね。
ご縁というのはそのようにやってくるものなのです。
私の場合ですと、新型コロナウイルスの蔓延するこの時代にお不動様を制作するというご縁をいただいたこともあり、今はお不動様に力が入っている状態です。
疫病退散の気持ちを込めて前立不動を表に出したいというお寺とのご縁があり、秘仏の仏様なのですがそのお姿を前に出そうということになったのです。
平安時代に疫病が大流行したときには、空海が嵯峨天皇の仏様を制作しました。
不動明王などはとても怖いお顔をされていますよね。
ですがそこには慈悲のお気持ちがあります。当時の仏師や僧侶の気持ちに思いを馳せると自然に力が入ります。
平和な時代、戦で大変だった時代……
それぞれの時代によって彫刻は違っています。
状況や状態によって仏様の彫り方も変わってくるのだと思います。
好き嫌いというような感情ではありませんが、私は今、お不動様がこの世を救ってくださるのではないかという気持ちで制作に当たっております。
昔は今以上に生死が身近なものでした。
そのときにお祈りを捧げていたわけです。
架け橋ではありませんが、今このように制作させていただけることに感謝を忘れないようにしなければならないと思います。
Q9 写仏で仏様を移す意味
編集部:写仏で仏様を写すことにどのような意味がありますか?
前田師:写経や写仏も同じような意味だと思います。
静かにその場に集中することが重要です。
経典を写し出すということは雑念に囚われているときと言いますか、心が忙しくて騒がしいときにはできないものです。
静かな空気の中でそれに集中することが、写経や写仏をする上で良いことなのではないかと思います。
子どものときには「勉強をしなさい」と集中させられる時間がありますよね。
しかし大人になると仕事や世間の忙しい流れの中でそのような時間をとることが難しくなったりします。
日々慌ただしく過ぎる日常の中で、ふと一回静かになる瞬間、リラックスする瞬間を得るということを意識すると良いのではないでしょうか。
私たちもそうなのですが、写仏をする際には時間を静かにすることを意識しています。
その方法は人それぞれの形があって良いのです。
リラックスできる音楽をかけながらコーヒーを飲むようなイメージとでも言いましょうか。
私の仏像教室は1回2時間なのですが、教室が終わると皆様「もう2時間経ったのか」とおっしゃいます。
同時に「大人になってこんなに集中できる時間がとれるなんてありがたい」と口にされる方も多いのです。
写経、写仏も同じです。
集中しなければ形を作り出すことはできません。
大人になるとなにかに集中する時間をもうけるのはなかなか大変ですが、5分でも30分でも構いません。
ゆっくりと筆をなぞっていく時間をつくることが大切なのです。ホッと一息つけるような集中できる時間、それを意識するようにしてみてください。
Q10 写仏・写経の際の姿勢と呼吸
編集部:写仏・写経の際の姿勢と呼吸で意識すべきことはありますか?
前田師:3分程度、精神統一をするように呼吸を整えていくと徐々に心と身体が落ち着いていきます。
それから机に向かえば良いでしょう。
姿勢に関しては、あぐらでもテーブルとイスを用いても構わないと思います。
要は自分の楽な姿勢で良いのです。
出来るだけリラックスをすることを心がけてみてください。
逆に、正座を組んで足が痛くなって集中できないというのは良くないですね。
かしこまりすぎて気が散るのはいけません。
硬くなりすぎると雑念が入るので気をつけましょう。
気合いを入れるためにも正座を組んだほうが「都合が良い」と思う方はその姿勢で良いでしょう。
日本ではお参りをするときには正座をしますが、海外では自分のリラックスできる体勢で瞑想をします。
ですので、私は自分の楽な体勢を整えて行うのが一番良いのではないかと思います。
写仏を行うにあたり、気持ちを整えることがなによりも大切なことなのです。
Q11 写仏・写仏に必要な道具
編集部:写仏に必要な道具を教えてください
前田師:しっかりと写仏を行いたいのであれば、墨をすって筆を用意するのが一番良い形と言えるのかもしれません。
しかしそこまで本格的に行うのが大変な場合、筆ペンでも問題ありません。
お子様だと筆ペンを扱うのは難しいでしょうから、マジックや鉛筆などでも構いません。
なぞった仏様に色鉛筆などで色を塗っても良いと思います。
皆様はなにで描くのが心地良いと感じますか?
自分が描きやすいと思うペン、得意なペンを用意しましょう。
写仏を行い、皆様がなぞったものが仏様になり得るのです。
Q12 写仏での心や身体への影響
編集部:写仏での心や身体への影響はありますか?
前田師:良い影響があると思います。
時代が進んで物々しい時代になってきていますが、その中で机に向かって仏様と対面するのは非常にありがたい時間と言えるのではないでしょうか。
仏様と向き合いながらゆっくりと筆を動かして「ああ、この仏様はこういう頭の形をしているのか」などと思うだけでも、それはじゅうぶん集中できている状態です。
集中できる時間というのは、とても楽しいと感じられるものなのです。
一度体験してみると、その捉え方がわかるのではないでしょうか。
Q13 仏様を写した後
編集部:仏様を描いた後はどのようにするべきでしょうか?
前田師:お経の場合はお寺に奉納してお納めすることが多いですから、その後の管理に悩まれる方も多いと思いますが、特にこれといった決まりがあるわけではありませんので、手元に残しておいても問題ありません。
ご自分で描かれた仏様は愛着が湧きますから、「自分で描いた仏様なので、手元に置いておきたい」と考える方もいらっしゃると思います。
ご自分で描いたその仏様に守っていただきたいと思うなら、ぜひご自宅に飾ってください。
実際に飾られている方もいらっしゃいますよ。
もちろん、お寺に奉納しても結構です。
お参りをして願いを叶えていただきたいというのであれば、知り合いのお寺にお持ちいただくのがよろしいかと思います。
Q14 写仏にかける時間
編集部:写仏にかける時間はどれくらいが良いのでしょうか?
前田師:写仏にかける時間はあまり深く考える必要はありません。
1〜2時間程度で描き上げる方もいますし、5分、10分、30分程度でも構いません。
ご自分のタイミングで制作に当たればよろしいかと思います。
重要なのははやく描くことでもゆっくり描くことでもなく、仏様と向き合う時間をとることなのです。
人間というのは不思議なもので、向き合える時間があると自然と集中することができます。
ちなみに一度の写仏で必ず仏様を描き上げなければならないというわけではありませんから、制作途中で一旦切り上げてしまっても大丈夫ですよ。
大人になると集中する時間を設けることが難しいと感じることも増えますが、写仏を通して仏様と向き合うことで、ゆったりとした時間を過ごすことができるのではないかと思います。
仏師 前田昌宏 特別インタビューまとめ
以上、前・後編に渡って仏師 前田昌宏師のインタビューをお届けしました。
自坊の仏像が盗まれてら仏師を目指した前田師。
現在では仏像彫刻教室をはじめインドブッタガヤへの仏像の奉納、法然上人鑽仰会様より発売されている写仏の原画など、さまざまな場面でご活躍されています。
また、前田師が原画制作を行った写仏はここよりオンラインショップよりご購入いただけます。
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立正大学仏教学部卒業。東京仏教学院卒業。浄土真宗本願寺派僧侶。
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