
目黒蓮くんと同じシーンで共演
公開初日から、驚異の観客動員数を記録し、ロングラン上映も視野に入ってきた感のある映画「ほどなく、お別れです」。
浜辺美波さん、目黒蓮さんをはじめとする豪華キャスト。人の生死に正面から向き合うことについて、考えさせられる脚本。そして映像や音楽にもこだわりが感じられる良作です。
この映画に、なんと、私ことここより編集長の佐山が出演しております!ほんの一瞬ですが。
出演シーンは短いのですが、劇中の読経の声や、登場人物たちの戒名作成など、さまざまな点で関わってきました。
目黒蓮さんとは同じシーンで共演し、撮影の合間には、なんと会話することもできました。
今回は、僧侶の視点から「ほどなく、お別れです」の魅力を伝えつつ、撮影の裏側も少し紹介していこうと思います。
まだ映画を観ていない人は、ぜひ観賞の参考に。もう観た方も、ぜひもう一度ご覧いただき、佐山の雄姿を確認してみてください!
スポンサーリンク
「グリーフ」との向き合い方
浜辺美波さん演じる「美空」は、葬儀社のインターンシップ。目黒蓮さんの「漆原」は、美空の先輩社員です。
就職活動がうまくいかない美空でしたが、幼い頃からもつ「ある能力」が漆原の目にとまり、葬儀社にスカウトされます。
美空のもつ能力は、葬祭ディレクターの漆原から「その力は、この仕事で役に立つ」と評価されるのです。
この映画には、さまざまな故人、そしてご遺族が登場します。
突然の別れに現実が受け入れられない人。長年の闘病生活を強いたことを後悔している人。死を伝えるべき人と連絡をとりたくない人など。
それぞれのご遺族に、それぞれの事情があります。遺族の心に寄り添う天才である漆原は、ふとした言葉や、部屋にあった遺品などから、よりよいお別れの儀式となるように手をつくしていきます。
美空の能力は、漆原の手が届かない部分を補うことができます。漆原でさえ気が回らなかった部分を、美空は埋めていけるのです。
「グリーフ」という言葉があります。「喪失の悲嘆」という意味です。
近しい方を亡くされた遺族は、大なり小なり、全員がグリーフを抱えることになります。
私も、僧侶として、遺族のグリーフに向き合った経験が多くありますが、漆原の落ち着いた仕事ぶりは、非常に参考になりました。
漆原は、仕事に誠実であり、とても責任感の強い男であるがゆえに、「故人の言葉」よりも「遺族の意向」に寄り添おうとしてしまうところがあります。仕事の依頼人は、あくまで遺族だからです。
しかし、劇中で美空の能力にふれた漆原は、遺族の真の意向に気づきます。
美空によって、漆原はさらに成長したのです。
スポンサーリンク
「ほどなく、お別れです」という言葉のもつ意味
漆原の仕事ぶりには、僧侶として嫉妬してしまいました(笑)。
喪主や遺族のグリーフに寄り添う姿。納棺の所作の美しさ。落ち着いた低い声などなど。
美空の能力も羨ましいものですが(実際あったら大変でしょうが)、漆原は「それは僧侶にやらせてよ…!」という部分まで気をまわしてしまうのです。
漆原による、さまざまな「お別れ」の提案も、この作品の見どころのひとつでしょう。
実際の葬儀では、「ほどなく、お別れです」と言い切ることは少なく、「ほどなく、お別れの時間となります」とする事のほうが多いです。「時間がきた」ことに意味を寄せることで、ご遺族に「仕方のない事なのだ」という感覚を持たせているのだと思います。
それはそれで、ひとつのやり方だとは思うのですが、漆原の「ほどなく、お別れです」からは、そう言い切ることによって「自分(漆原)が、この別れに責任をもつ」という強い意思を感じるのです。
「死」という、取り返しのつかない物事に対し、自分の仕事に責任を持ち、誠実に執り行っていく漆原の姿には、僧侶目線を忘れ、感動すらおぼえました。
僧侶ももちろん、責任をもって故人に引導を渡し、遺族に向けて法話をするのですが、この映画の漆原を見て、襟を正さなければ、と強く感じました。
スポンサーリンク
浄土宗の布教
作中で、何度か出てくる読経の場面では、「浄土宗」のお経が使われています。私が浄土宗の僧侶だからです。
映画を通じて、浄土宗のお経を広めることができ、布教の一環となることができたと自負しております。
「阿弥陀経」というお経の中に「倶会一処」という言葉が出てきます。「先に亡くなった方とも、お念仏を通じて、同じ場所で再び会うことができる」という意味です。
「ほどなく、お別れです」に出てくる人物たちも、「倶会一処」を信じながら過ごしています。「ほどない時間の、お別れ」であると。
娑婆で生きている私たちは、先に旅立った人からの「どうか、ちゃんと生きて」という思いを背負いながら、過ごしていかなければなりません。
いつか、浄土で再会するときに、胸を張って会うことができるよう、全力で生きていきたいものです。
漆原も美空も、さまざまな別れのシーンを経験し、さらに成長するのでしょう。
先に旅立っていった、縁の深い方々に、堂々と会うことができるように。
関連記事【法話&コラム】
飾るだけじゃない|日光東照宮の「金盃守」に学ぶ、徳川家康流・長寿の秘訣
許せない人がいる方へ―復讐心を手放してみませんか?|雫有希の「人生 泥中白蓮華」 第4回
【折兄さんの食縁日記】第8回 ~ハワイ出張日記~後編
【折兄さんの食縁日記】第8回 ~ハワイ出張日記~前編

浄土宗僧侶。ここより編集長。大正大学卒業後、サラリーマン生活を経て、目黒の五百羅漢寺へ転職。2014年より第40世住職を務めていたが現在は退任。ジブリ原作者の父の影響で、サブカルと仏教を融合させた法話を執筆中。







